1話 予兆


昼寝と言うのは実に気持ちが良い。

腹が膨れた後と言うのは、特に副交感神経を活発にするのだろう。

ちなみに、満腹だと苦しくて眠る所では無いので、腹八分目が丁度良い。


「宏明、白目が見えてる。」

「ん…そうか。じゃあ隠そう。」

「お前は昔から半目開けて寝るよな。」

「そうか?自覚はない。」


葵 宏明(アオイ ヒロアキ)は、友人、咲 栄一(サク エイイチ)に指摘された瞼をギュッと閉じ、机に突っ伏した。

瞼を強く瞑っていたにも関わらず、宏明の白目がだんだんと見えてくる。

小学1年生の頃からの付き合いだが、10年経っても宏明の半目開けて寝る癖は治らない。

栄一は、いつかその癖を解明したいと思っている。

寝ている宏明の隣で、栄一は分厚い医学書を開いた。


「あ、今チャンスだよ。」

「え、でも恥ずかしくない?」


どこからかヒソヒソと女子の声が聞こえ、ゆっくりと顔を上げる栄一。

そこに居たのは、少し遠くにいる3人の女子。

バチッと目が合うと、3人はきゃー。と、黄色い悲鳴を上げた。

正直、またかと言う気分だ。


「あ、あの、咲くん、今日って…予定ある?」


恐る恐る近づいてきた3人組は、栄一に恥ずかしそうに尋ねた。


「あ、あと、葵くんも…」


頬を赤らめて3人の女子は、二人に尋ねる。

栄一は、聞こえないようにため息をつき、「ある」と言い放った。


「あ、じゃあ、葵くんは…?」

「申し訳ないけど、今日は予定が立て込んでて。また誘ってくれる?」

「そう…」


宏明に断られた3人は、心底ガッカリしたように歩いていく。

高校生になってはや2ヶ月。

ここ最近、宏明と栄一の周りは何かと騒がしい。

それもそのはず、彼らは所謂美形というもので、人気があるのだ。

中学までは、一クラス10人弱の田舎学校だったためか、それほどでもなかった。

しかし、現在通っている弥生高校は一学年400人と言う大所帯。

おかげさまで、今月に入ってもう4人から告白されている。


「誘ってもどうせ断るんだろ?なら、初めから誘うなと言ったらどうだ」

「そんなこと言えないな。彼女たちの気持ちを無碍にすることはできない。」

「ふっ。お前は良いやつだな。」


栄一はそう言って、医学書に目を落とした。

すっかり目の覚めてしまった宏明は、窓の方に目線を向ける。

6月の空に、綺麗な飛行機雲ができていた。



「栄一、俺は最近変な夢を見るんだ。」

「なんだ、人生相談か?」


学校の帰り、宏明と栄一は笹部駅から少し離れた喫茶店に入った。

笹部駅は街中にある大きな駅で、二人の通う瀬尾高校に一番近い。

歩いて10分ほどだ。

二人は、街中からバスで1時間ほど離れた、天田(アマタ)というところに住んでいるのだが、何分田舎なため、バスが1時間に一本しかない。

そのため、バスの時間まで時間を潰すために喫茶店に寄る。

これが二人の日課になっていた。

ここは、たまたま見つけた喫茶店で、こじんまりしていてとても雰囲気がいい。

学生は滅多にいないので、寛ぐのに最適な場所だ。


「そんな大したものじゃない。ただ、多分俺は平安時代にいるんだが、どうやら陰陽師みたいなんだ」

「ほぅ。陰陽師…」

「あぁ。そこで、妖怪を倒すんだが、矢で射抜かれて死んでしまうんだ。

その息苦しさで目が覚めるんだが、かなり鮮明で、しかも3日連続見たんだ。」

「それで、心配で夜も眠れないと?」

「いや、そう言う訳ではない。けど、どう思う?」


栄一は、ふーん…と腕を組み、考える仕草をする。


「夢というのは、潜在意識の中のものが現れることが多い。お前、さては陰陽師なのか?」

「馬鹿なこと言うな。俺はどこにでもいる普通の高校生だ。」

「そうか?だけど、普通の高校生はお前のような不思議な力は持っていないぞ?」

「おい、栄一。」


ニヤッと笑って言った栄一に、宏明は睨みを聞かせる。

すまない、口が滑った。

と、悪びれる様子もなく、栄一はチョコレートケーキを口に運んだ。

実はこう見えて、栄一は甘党だ。

今飲んでいるのもコーヒーではなく、ココアだったりする。


「だけどそうだろ?」

「…」


宏明は黙ったまま何も言わない。

そう、実は宏明には昔から妙な力があった。

そして、それは栄一にも。

宏明の生まれた場所天田には、高頻度でそういう子どもが生まれるらしい。

そして、その子たちは決まって20歳になる前に亡くなっている。


「すまない、怒ったか?」

「いや。」


それしか言うことができず、宏明はコーヒーを啜った。


「…!」


突然、栄一が顔色を変えた。


「どうした?」

「宏明、ここを出るぞ。」

「あ、あぁ。」


バスの時間までまだ30分はある。

急に帰り支度を始めた栄一に、動揺しつつも、宏明はそれに従った。

そして、会計を済ませ、足早に喫茶店から出る。

しばらく歩いた後、宏明は

どうした?

と、栄一に尋ねる。


「いや、さっき入ってきた男。

何か嫌な感じがしてな。」


確かに、宏明と栄一が席を立つ前、一人の男が入ってきた。

優しそうなサラリーマンだった。

どこも嫌な雰囲気はなかったのだが、栄一はそういう勘が優れている。

見た目には分からない何かを察して、危険を回避するのだ。


「お前がそう言うならそうなんだろうな。」

「あぁ。

そうだ、それより宏明の夢のことだったな。」

「いや、それはもう良いさ。

お前は俺の話を聞く気がないようだしな。」

「そんなことないぞ?おい、拗ねるなよ。」


追いかけてくる栄一を無視し、宏明はスタスタと歩き始める。


夢は潜在意識を表す…か。


その日の夜、テレビをつけたら、たまたまニュースをしていた。


「本日午後6時頃、天津町で女性が刺されたと通報がありました。

警察が、近くのスーツを着た男性に声をかけたところ、逃走した模様です。

その後、警察が捕まえましたが、男は「あの女が悪いんだ。だから殺してやった。」と供述している模様です。

男は、銀行に勤める安藤 光輝容疑者、32歳。警察は安藤容疑者を、殺人の疑いで逮捕する予定です。」


ぱっと、テレビに映された安藤 光輝の写真。


「あ…」


それは、先程喫茶店で見た男だった。

栄一の勘は、どうやら当たったようだった。



「栄一、おはよう。」

「おはよう。今日はどうだった?」

「何がだ?」


次の日、天田にあるバス停に着くと、栄一が本を持ってバスを待っていた。

時刻は朝の6時。

これに乗り遅れると、次は7時。

そうなると、遅刻は確定だ。

宏明はふわぁ…と、大きなあくびを一つする。

二人と同じ歳の子らは、中学を卒業すると一人暮らしを始めるのが大半だ。

1時間もこんな田舎から通うのは嫌らしい。

しかし二人は、ここが好きなため、面倒くさくてもバスで通っている。

そして、もう一人。

そんな物好きがいる。


「おっはよう!二人とも!」


後ろから元気な女の子の声がして、二人は振り返る。

肩まで切り揃えた髪、一重の割には大きい目。

そして、負けん気溢れる雰囲気。

宏明と栄一の同級生、山﨑 晴子だ。


「今日もいい天気だね!」


晴子は、ニコッと笑い、二人の側に立つ。


「おはよう、晴子は今日も元気だな。」

「おはよう。」

「まあね!だって、学校ちょーう楽しいもん!」

「それは良かったな。」

「エイちゃんそっけなー。」


今度はケラケラと楽しそうに笑う晴子。

そんな彼女を見て、宏明もつられて笑顔になってしまう。

小さい頃から晴子は、クラスの太陽の様な存在だった。

悲しい雰囲気でも、彼女がいれば周りは明るくなる。


「お前、女子高で浮いてないのか?」

「失礼ねー。全然浮いてませんー。」


べーっと舌を栄一に見せる。

やれやれ、と肩をすくめ、栄一はまた本を読み始めた。

もう相手にするつもりはないらしい。

それも晴子は理解しているので、今度は宏明に話し始める。


「ヒロ、今度学校近くにタピオカがあるんだけど、飲みに行かない?」

「タピオカ?」

「うん!もちもちってした黒い粒々!」

「それ、美味しいのか…?」

「知らない!食べた事ないもん。」


晴子の説明を聞く限りは全く美味しそうじゃない。


「要するに、カエルの卵だよ。」

「え?!本当?!うぇー…」

「嘘だ。」

「…うざー。」


晴子はシラーっとした目で栄一を見る。

しかし、栄一は全く晴子に視線を向けることはない。

彼の興味は昔から本しかないらしい。


「で、ヒロ、どう?」

「カエルの卵はちょっと…」

「もー、カエルじゃないって!」


そんな会話をしているうちに、バスがやって来た。

いつもの運転手のおじさんに挨拶をし、いつもの席に座る。

栄一は一番前の一人席、宏明と晴子は窓際の二人席。

通学の1時間、二人は他愛もない会話を楽しんでいた。


「じゃ、また明日ねー!」

「あぁ、またな。」

「転けるなよ。」

「大丈夫でーす!」


笹部駅に停車したバス。

晴子は、ここからまた10分ほど電車に乗るため、宏明達と別れる。

晴子の通う宇摩女学院は、レベルの高いお嬢様学校だ。

中学、高校とエスカレーター式で、外部の人は2割程しかいない。

駅内へと歩いて行く晴子を見送り、宏明と栄一は学校へと向かう。


「今日は夢は見たのか?」

「うん?…あぁ。見た。」


今にも雨が降りそうな天気の中、二人は歩いて行く。

近くに、ちらほら弥生の生徒達が歩いて行く。

のんびり歩く2人の側を、何人もの生徒が追い越していった。


「寝覚の悪い夢だ。」

「そうか…。俺もあの後考えてみたんだがな。

夢は潜在意識、願望が反映されることが多い。

あと、前世だ。」

「急に胡散臭いな。」

「まぁ、怪しくないと言えば嘘だな。」

「良いのか?医学を目指すものがそんな非科学的なこと。」

「ふっ。なら、お前と俺のこの力、科学で証明できるのか?」

「…」


栄一の問いに、宏明は何も答えられなかった。


「じゃあ、栄一は俺の前世が陰陽師だと言いたいのか?」

「あぁ、ない話じゃないだろ?」

「俺としては是非とも遠慮したいがな。」


陰陽師なんて冗談じゃない。

妖やモノノ怪なんて、関わりたくもない…


『逃げて!!宏明!!』


宏明の頭に、思い出したくもない過去が蘇った。


「そうか。それもそうだな。」


なんとなく、二人とも話す気がなくなり、黙って歩く。

学校まで後少しというところで、雨が降り始めた。

その時。


「危ないっ!!」

「逃げて!!」

「急いで!早く!!」


急に周りが騒がしくなり、焦った人たちの声が聞こえて来た。

そして、学校と別の方向に、生徒達が走って行くのが見える。


「なんだ?」

「さぁ。」


宏明と栄一は状況が掴めず、首を傾げる。

すると、二人の間を女子生徒が涙目になりながら走り去って行った。


「なんなの、あれ!」

「分かんないよ…」

「気持ち悪い…!」


そんな会話をしながら。


「どうする?俺たちも逃げるか?」

「そうだな、何か只事じゃなさそうだしな。」


明らかに、弥生の生徒達が逃げていた。

学校付近で何かあったのは間違いない。

それに、パニック状態の場所に飛び込む事ほど面倒なことはない。

二人は、皆が逃げる方向へ体を向ける。

しかし、向いたのは栄一だけだった。

宏明は微動だにせず、さっきと同じ場所に立っている。


「おい、宏明、何してる。」

「分からない。何故か、体が動かないんだ。」


何故か、手足を動かそうとしても、何かに縛り付けられているかのように動けない。

それどころか、手足がだんだんと重くなって、地面に四つん這いになってしまった。


「おい、宏明!」

「変なんだ!体が重くて…!」


その時、二人の背中に悪寒が走った。


「おい、宏明…」

「あぁ…!」


二人の目の前に、一匹の犬が現れる。

犬と言っても、そんな可愛らしいものではない。

目は血走り、口から涎を垂らしている。

色は真っ黒だが普通の黒ではなく、薄汚れて汚い。

しかも、鼻が曲がりそうなほどの悪臭を放っている。

こいつがパニックの原因だと分かるのに、時間はかからなかった。

そして、そいつが普通の犬ではない事も。

グルル…

宏明に睨みを効かせながら唸る。


「宏明!早く立て!」


珍しく、栄一が大きな声をあげる。

普段は、冷静な彼だが、今回ばかりは焦っているみたいだ。

しかし、どうにかしたくても、宏明の体は四つん這いの体勢から動かすことはできない。


「くそっ!!!」


栄一が宏明の体を持ち上げようとするが、やはりびくともしない。

まるで、地面に縛り付けられているみたいだ。


「栄一、お前は逃げろ。」

「おい、みくびって貰ったら困る。

俺は、友人を見捨てるほど落ちぶれてないんだ!」

「大丈夫だ、なんとかしてみせる。

お前まで巻き添い食うことはないだろ。」


栄一と宏明は目を合わせる。

宏明の瞳は何か策があるかの様に、自信に満ちていた。

それを見て、栄一は宏明から手を離す。


「分かった。」


栄一が側から離れると、宏明は目の前のヤツを睨みつける。

ヤツは、ニヤッと笑った様に見えた。

まるで、動けない宏明を嘲笑っている様だ。


「良いのか、そんな油断をして。

…俺は、言霊遣いだぞ。」

「グルル…」

「俺を倒したいのなら…口でも縛っておくんだな。」

「グアァア!」


犬の形をした生き物が、宏明に向かって飛びかかる。


「爆」


宏明がそう言葉を出すと、目の前で体が四方へ散り散りに弾け飛んだ。

そして、辺りは、焦げ臭い匂いに包まれる。


「ふぅ…」


ようやく体の自由が効く様になったみたいだ。

先程まで重くて動かせなかった手足が動かせる。

宏明は、四つん這いの体勢から起き上がり、服についた砂を払う。

そして、かろうじて顔が残っているヤツの側に寄った。


「お前はなんだ。」

「グルル…」


ヤツはそう唸るだけで、何も答えはしない。

聞いたところで分かるわけもないか…

そう思い直し、宏明は手で印を結ぶ。


「…風」


宏明がそう言うと、飛び散ったヤツの体が風に乗って流れて行く。

そして、先程まで確かに存在したヤツの痕跡はどこにもなかった。


「…お見事」


離れて一部始終を見ていた栄一が、そう言いながら現れた。


「どうも。」

「あいつはあれか?妖怪か?」

「あぁ、多分な。」

「お前、妖怪を倒せたのか?」

「…」

「なんで黙ってるんだ。」

「昔、教えて貰ったんだ。」

「…そうか。」


宏明は、自分の手のひらを見つめ、ぐっと握りしめた。

栄一は、そんな友人の姿を横目で見ながら、何かを考えていた。

その日、学校ではあの妖怪の話題で持ちきりだった。


「ほんと、すっげー気持ち悪かったんだって!!」

「なんか、犬?なのかな。でも、野良犬とかじゃない感じ。」

「いや、お前ら嘘つくなって。

俺、あの場にいたけどなんもなかったし。

急にコイツが逃げ出すからさー、マジビビったわ!」

「はぁ?お前何も見てねーのかよ!」

「私も見てない。何でみんなあんなに大騒ぎしてたの?」

「嘘つけよ!スッゲー臭かったし!

あれで体調不良のヤツめっちゃいるから!」


クラスの皆も、ギャーギャーと騒いでいる。

しかし、どうやらあの妖怪を見た人と、見てない人がいるらしい。

その理由はわからない。

教師は今、先ほどの件で緊急会議が開かれていてる。

そのため、本来なら数学の時間が自習になってる。

残念ながら、皆は勉強どころではないらしいが。


「宏明、どう思う?」

「何が?」

「さっきの事だ。こんな事初めてじゃないか。」

「…あぁ。」


不審者が出没する事なら何度かあったが、妖怪が出たなんて聞いた事もない。


「というより、妖怪はまだいたんだな。」

「あぁ。俺も久々に見たよ。」

「久々と言うことは、昔見たことがあるのか?」

「まぁな。と言っても、道端にちょこんといる、大して害にもならない様なヤツだよ。」


宏明が初めて妖怪をみたのは、2歳の時。

キツネの妖怪で、幼い宏明の遊び相手になっていた。

特別何か悪さをする事もなく、ただ一緒にいた。

いつの間にかいなくなっていたが。

そして、それから何度か妖怪を見たことはあるが、宏明が10歳になってからは、全く見ることがなかった。


「あいつは宏明を狙っていたのか?」

「恐らくな。」

「お前、何の恨みを買ったんだ。」

「心当たりは全くないんだがな…」


宏明も、さっきから考えていた。

あの妖怪が宏明を襲おうとした理由を。

あれは、無差別に人間を襲おうとしたのではなく、明らかに宏明を狙っていた。

だが、全く分からない。

別に妖怪をいじめた事もないし、よくありがちな、怪しい祠を壊した。

とかもない。

身に覚えがなさすぎる。


「最悪な誕生日だな。」

「…誕生日?」

「お前、忘れてるのか?」


栄一は呆れた様にため息をつく。

誕生日…今日は6月6日だ。


「…あ。」


宏明は、今日が自分の誕生日と言うことを、すっかり忘れていた。

そうだ、そういえば俺は、16歳になったんだ。

しかし、16歳になったからと言って、別に何があるわけでもない。

今年も、全く感動のない誕生日だ。


「はい、皆席ついてー」


ガラガラと音を立てて、担任が入ってきた。

30代くらいの女の先生で、髪を短く揃えている。

少し高めのヒールをカツカツ鳴らしながら、教壇の前に立つ。

ほんの少し疲れた様な顔をしていた。

生徒たちは、不安気な、それでいて少しワクワクした様な顔をして席に着く。

皆が席につくと、空席の多さが目についた。

40人中8人はいない。


「えー、皆さんも今朝の騒ぎは知っていると思います。

今、その事で会議が開かれました。

皆さんに聞きたいんですが、この中で何か見た人はいますか?いたら手をあげてください。」


担任の問いかけに、生徒達は顔を見合わせる。

少し戸惑いの空気が流れた後、一人がおずおずと手を挙げた。

それに続いて、何人かが手を挙げ始める。

結局、手を挙げたのは宏明達を含め、32人中9人だった。


「なるほど。それじゃあ、今朝の騒ぎが何のことか分からない人は?」


今度は、11人が手を挙げた。

つまり、体調不良を訴える生徒も何か見ているとしたら、29人中17人と言うことだ。

半数以上の人が、あの妖怪を見ているらしい。


「分かりました。

実は、先生達の中でも、何も見てないって言う先生がいて。

皆んなはどんなのが見えましたか?」

「…犬?みたいな。」

「でも、なんか、野良犬とかそう言うんじゃなくて、なんか、気持ち悪い…?」

「あと、めっちゃ臭かった。」

「なんか知らんけど、やばい。って感じ。」


生徒達が口々に言い始める。

それを先生が、ふんふんと言いながらメモに取っていった。


「…分かりました。ありがとう。」

「あの。先生は見ましたか?」


一人の女子生徒が尋ねる。

先生は、残念そうな顔をして、首を横に振った。


「私には何も。

臭いなんてものもなかったわ。

だけど、これだけの人が何か見てるなら、異常よね。

しかも、急に消えたらしいし。」


その言葉に、宏明はドキッとする。

あの時周りには栄一しかいなかったはずだ。

それはちゃんと確認してある。

だから、あの姿は見られてないと思うが、ほんの少し不安がよぎる。


「とりあえず、この件は警察に任せます。

皆さんもくれぐれも、登下校は注意してください。

何か不審な物とか、危ない人とか見たら、必ず逃げてください。」


先生は教室の生徒を見渡しながら、力強く言った。

幸い、今回の妖怪の騒ぎで怪我人は一人もいなかったらしい。

しかし、それから警察の捜査があっても、当たり前だがあの妖怪は見つからず、事件は迷宮入りしたらしい。

あの妖怪の末路を知っているのは、宏明と栄一だけだった。

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