第12話 君が死ねば世界は幸せだ

 十月。文化祭当日。僕の台本である『飛ばない兎』が日の目を見た。

 主人公である女の子は幸せになりたかった。自分の生まれ落ちた環境や過去を恨み、幸せを追い求める旅に出る。たくさんの人と出会い、旅を続け、女の子はようやく幸せを見つける。

 ナレーション担当の僕は舞台の端に立つ。滞りなく進む劇。僕はナレーションをしながらちらりと舞台を見る。そこには神を裏切り、余命宣告よりずっと長く生きる夏見雨音がいた。セリフは一言二言だが、存在感がある。何事もなく劇が終わり、一息つくと僕は観客を見た。感動のあまり泣いてしまうお客さんがちらほら見えた。なんだか心がくすぐったかった。

 その一週間後、夏見は静かに息を引き取った。クラス全員で通夜にいくこととなったが、僕は行かなかった。車椅子での移動は大変だから。ベッドに横たわり、文化祭の後に撮ったクラス写真と、帰り道に夏見からもらった手紙を眺める。つらつらと感謝の言葉が書かれていた。この世には二種類の自由があること。自殺を止めてくれて嬉しかったことなど。そして最後に……。


「私が飛ばない兎だったことに気づけたのはキミのおかげだよ。あのね、あの時の答え、訂正させてほしいな。──」


 いや、僕も君のおかげで気づいたよ。努力の楽しさを……。


✳︎


 ──十年後

 カタカタとパソコンのタイピング音を鳴らす。暗がりの部屋で打ちこんでいるのは、自作の小説だった。とあるサイトのコンテストのため、必死に書きこんでいく。


「男が問う。『君が死ねば世界は幸せだ。……さあ、どうする?』問われた女は真っ白な歯を見せ笑った。『私が死ななくても世界は幸せよ』と」

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君が死ねば世界は幸せだ 璃志葉 孤槍 @rishiba-koyari

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