大事なものはチャック付きポケットに


「これがないと、何もできない?」


 剣を下ろしたロゼリアは床に倒れ込んでいる偽物から目を逸らし、先ほど彼女の首元を離れた紫色の石が特徴的なペンダントを拾い上げた。


「ああ! お前、汚い手でそれに触るな! それはお父様から頂いた大切なものなんだぞ!! くっ……魔法を使った反動が一気に来て体が動かない……」

「ふーん……見たところ綺麗な石にしか見えないけど……」


 叫ぶ偽物を無視して左手で取ったペンダントを上空にかざしてみる。昼下がりの太陽の光によって、紫色の透き通った石はキラキラと宝石のように輝いて、とても美しい。

 数秒、ペンダントを観察した後、ロゼリアは偽物の目の前まで歩いてその場でしゃがんだ。


「本当に何もできないの?」

「……言っただろう。僕は体が弱いんだ。お父様から頂いたペンダントがないと、剣だって振るえないし、魔法だって使えないし、走ることすらできない……おまけに病気にだってかかってしまう」


  ロゼリアは彼女が記憶を食べる魔王だということが更に信じられなくなってきた。

 石をちらりと見てから、呆れ顔で口を開く。


「無能な人が身に着けただけで動けるようになるペンダントがすごいよ……。大事なものはチャック付きポケットにでも閉まっておけばいいのに」

「うるさいなあ。ペンダントの石は生きる石“ルベラ”と呼ばれているものだから、生き物と同じように呼吸するんだよ」

「い、石が呼吸?」

「だから外部に直接晒した方が、石の力がより一層得られるんだ。わかる?」


 使用者に力を与え、呼吸する石。それが、今手に持っている物の正体。


 石が呼吸するなんて今まで聞いたことのないロゼリアは目を丸くさせ驚いた。癒すことのできない病を治し使用者に永遠の命を与えると噂されている石……賢者の石なら存在するという噂を聞いたことがあるが、賢者の石ですら呼吸なんてしないだろう。


「ところで、お前、僕のことを殺すならさっさとしてほしいんだけど」

「へ?」


 物騒な発言にぼんやりしていた意識が現実に引っ張られる。引っ張った相手はロゼリアのことを下から睨んでいた。


「殺す?」

「僕は勝負に負けた。奴隷商人に渡すぐらいならここで殺せよ」

「え、ええ……ちょっと待ってよ。別に殺すつもりとかなかったんだけど……。そもそも売られた喧嘩を買っただけだし……」


 困りながらも剣を鞘に納めて、借り物の頭部を手で押さえて考える。勝負の先のことはまったく考えていなかった。あの時は偽物と言われたことに対して、そして、スライムからアホだと言われたことに対して怒っていたものだから。


 どうするか考えながら背後のスライムを見れば人型から、粘着性を帯びた緑色の液状の姿に戻っており沈黙していた。死んでは……いない筈だ。彼はとても強いから。恐らく寝ているのだろう。


「うーん……」


 続いて先ほど火柱が立った場所を見る。火は自然と消えたものの、床は黒く焼け焦げて中心部は溶けていた。

 暫くその場所を見てからよし、とロゼリアは頷いて、偽物魔王の方に顔を向ける。


「今の魔王城はボクとスライムくん、二人しかいないんだ」

「はっ? 二人だけで魔王城を管理しているのか?」

「うん。協力してくれる魔族がその……全然いなくて。だから魔王としての仕事をするには二人で十分なんだけど、掃除まで手が回らなくてそこら中埃だらけ、散らかり放題で……」

「……」


 呆れた視線がロゼリアを突き刺す。現状、魔王城は二人で仕事をするので精一杯で片づけまでは手が回らなかった。広い魔王城で使っていない、埃を被っている部屋も多い。それを手伝ってくれる魔族もまだいなかった。ロゼリア達は魔王と側近になってまだ日は浅い。魔族からの信頼も薄いのだ。

 ロゼリアはえへへ、と恥じらうように笑って一つの提案を偽物に伝える。


「えーと……そこで、君をどうするかなんだけど、魔王城で働かない?」

「……嫌だと言ったら?」


 紫色の瞳が嫌そうに細められる。ロゼリアは下がらずに、更に言葉を続けた。


「あの床誰がやったのさ」

「わざとじゃない。魔王城ならあれぐらいすぐに直せる金が沢山あるだろう?」

「確かに先代魔王が残したお金が沢山あるから簡単に直せるけど……あ、そうだ」


 どうしても働きたくなさそうな偽物に、魔王はにっこりと笑う。彼女のペンダント以外の弱点を思い出したからだ。


「スライム風呂って知っている? 多種多様なスライムを詰めたお風呂なんだけど」

「!?」

「ボクは優しい魔王だから、誰かを殺すなんてことはしたくないんだ。かと言って君に罰を与えないのもねえ。魔王城で働く気がないならスライム風呂に……」

「ひ、卑怯者っ! ああわかったよ。そこまで言うならこの魔王城で働いてやる!」


 ロゼリアが最後まで言い終わらぬ内に偽物、自称元魔王ルーシェンは震える声で言った。

 仲間(強制)が一人増えれば今後はきっと快適な環境で仕事ができる筈だ。

 

(そういえば、さっきこの人が言っていた言葉……まあいいか。あんまり気にするようなことでもないよね)

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渡り鳥の魔王 寝付き @kurota

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