会話シーンでは攻撃禁止


「……スライムくん」

「まったく命知らずですねえ。死なない透明魔王と最強のスライムに挑むなんて」


 魔王の呼びかけにスライムはにっこりと微笑んで、右手を前に突き出す。


 すると、彼の人間らしい肌色だった右手は見る見るうちに緑色の液状になり、途切れることなく、垂直に垂れる。そして床に到達する前に銀色に輝く一本の剣となった。

 肌色に戻った右手で彼は自分の体の一部でできた剣を握る。

 元々緑色のスライムである体を変化させて、人間の形を保っている彼にとっては何も特別な技ではなかった。

 得意げな顔を彼はロゼリアに向ける。


「ロゼリアはそこで見ていてください。世界一カッコいいスライム側近の俺が偽物を倒しま――――」


 しかし自信に満ちた言葉が最後まで言い終わらぬ内に、彼の体は後ろへ吹き飛ぶ。


「ぐっ……!?」

「スライムくんッ!?」


 頭を強く壁に打ち付けたおかげでスライムは目を回しその場にずるずると尻餅をついた。

せっかくこれから出番だった側近を、卑怯にも台詞の途中で容赦なく攻撃した人物をロゼリアは睨む。


「何てことをするんだ君は! 攻撃は会話シーンが終わってから!! 学校で習わなかったのかい!?」

「武器を取り出す動作が気持ち悪すぎて我慢できなかったんだよ!! 何だあんたは! 何で気持ち悪いスライム族なんて側近にしているんだよ! ……う、思い出しただけで吐き気が……」


 叫んだ偽物は口を左手で押さえて真っ青な顔をする。どうやらスライムが嫌いらしい。


「ああ……川の向こうで……猫耳メイドさんが、俺を待っている……」

「スライムくん! 後で回復魔法をかけてあげるからまだそっちに行ってはだめだよ!!」


 背後ではスライムが、瀕死状態のような声を出していて。ロゼリアは彼に声を掛けながら腰に巻き付けていたベルトに付いている鞘からどこにでもある、普通の剣を抜いた。


(ボクは魔王だ。スライムくんが駄目なら、ボクが頑張らないと)


 剣を構え、目の前の偽物を見据える。


「はあ……何とか気分が戻った」


 気持ち悪さを無理やり胃の中に押し込めて、笑みを作り偽物はロゼリアを紫色の瞳で舐めるように見る。


「それじゃ、今度は弱そうな魔王を倒してやろうか」

「…………」


 彼女の白いマフラーの下、口元が弧を描いた。見た目だけなら、今のロゼリアはどこにでもいそうな、戦い慣れていないだろうただの村人。

 だが、ロゼリアの脳内には負ける未来予想図は一切ない。


(大丈夫。ボクには“記憶”があるから)


「できるだけ痛くないようにしてあげるよ」


 偽物は右手に持った黒い剣先で、自分の足元の床を右から左へと短く引っ掻く。石畳は剣先が擦れただけでは傷は付かない。しかしロゼリアは空気の流れが僅かに変わったことに気が付く。本来含まれていないモノが混じり込んだような流れだ。


(……これ、何だろう。嫌な予感がする)


「少し服が燃えるだけさ」


 声を出すと、彼女は剣をロゼリアに向かって指揮者のように向けた。同時にロゼリアの足元に、紅色に光る魔法陣が鋭い音と共に現れる。


――キイイン……!!


「え、ちょっと!!」


 ロゼリアが魔法陣に気付いた時には遅く、魔法陣から巨大な火柱がロゼリアを呑み込みながら上空に向かって立ち上がる。

 その威力は凄まじく、魔法陣の周囲の床を黒く焦がすほど熱を持っていた。


「あー……火属性の魔法は久しぶりに使ったから加減を間違ってしまった。これじゃあ骨も残らないかな」


 罪悪感なんて一切含んでいない表情で彼女は未だ消えない火柱を見ながら言う。

 通常の人間や、そこら辺の魔族なら骨すら残らないであろう威力。


 “あの魔王だって骨も残らず消し炭になったに違いない。”


 偽物がそう思い込んで、油断した時……燃え続ける火柱の中に黒い影が、ゆらりと動いた。

 動いていた影は一瞬動きを止めて、次の瞬間弱まってきた火柱の中から影だったものが飛び出る。ロゼリアだった。一切服は燃えておらず、間合いを詰めて偽物に斬りかかる。驚いた顔をした偽物がロゼリアの攻撃を黒い剣で受け止め、口を開いた。


「お前、どうして……っ!」

「呪文なしで魔法を発動する人なんて滅多にいないから焦ったよ。火属性を無効化する魔法を覚えているボクには効果がなかったけどね」


(危なかったー……。前にとある魔法使いさんの体を乗っ取ったことがあったけど……その時に覗いて覚えておいた記憶が役に立った。火属性の魔法を無効化する、水属性の防御魔法“アルダンチェ”。空気の流れが変わった時に気付くべきだったんだけど。間に合ったからいっか)


 様々なものに乗り移った際に、ロゼリアは乗り移った体の記憶を覗ける。そして他人の記憶の中にある魔法の“公式”を、自分の“公式”として覚えることができるのだ。


「ボクの城をボロボロに焦がしたんだ。君のこと、ただでは帰さないよ」

「くそっ、僕だってわざと焦がしたわけじゃないんだからな。少し加減を誤っただけなんだぞ……!!」


 城門に剣がぶつかり合う金属音が鳴り響く。


「レクシェル!!」


 ロゼリアが相手から距離を取るために後ろへ飛び、床に着地すると同時に呪文を叫んだ。脳内に浮かべるのは魔法式。体内に流れる魔力と、透明な自分自身の魔力を組み合わせて、足りない部分を呪文によって補う。

 周囲の温度が急激に下がり口から吐いた息は白く、ロゼリアの背後、空中には青く光る魔法陣が。魔法は基本属性の火、水、生、風、異に付け加えて派生した属性がある。氷属性は派生したものの一つだった。


 魔法陣から放たれた氷の矢が偽物に一直線に飛ぶ。


 自称ロゼリアの体が一瞬、止まった。見えない何かに足を絡めとられているように。

 氷の矢はそのまま偽物の体に突き刺さる……わけでもなく、あともう少しの所で突然現れた炎に包みこまれて全て溶ける。


(この人、やっぱり普通じゃない。呪文無しで魔法を使うのはボクだって大変なのに!)


 魔法はずっと使えるものではない。魔法を使うには体内にある魔力、集中力、これらを消費する。複雑な魔法式の魔法を使う程、使用後の疲労感は大きい。これを反動と言う。反動を少しでも減らす為、また、自分の魔力では足りない部分を補う為呪文がある。呪文は見えない何かに食べられ見えない何かは呪文を言った者に力を渡す。

 ロゼリアが頭の中でぐるぐると考えていると目の前の景色が塞がった。偽物が一瞬の間に距離を詰めて来たのだ。


“……×××、何でお前は僕を信じてくれないの。”


 偽物の言葉がロゼリアの頭に流れ込む。


「今、なんて……?」


 流れ込んだ言葉が妙にぼんやりとしている。最初の言葉だけ、聞き取れなかった。ロゼリアが乾いた笑みを浮かべて聞けば偽物は目を丸くして、唖然とした表情になる。その意味を知らないし、知る必要もない。渡り鳥の魔王はこの機会を逃さない。


 相手の体を左手で押して、よろめいた隙に剣を向ける。


 不意にロゼリアの剣先が、偽物のマフラーの下からはみ出ている、紫色の石が特徴的なペンダントの内側に引っかかった。相手が無理に攻撃を避けて体勢を立て直そうとしたことが原因だった。


「あっ!!」


 偽物が剣を握る手を僅かに緩め大きく瞳を開き、声を上げる。

 そのまま剣先はペンダントを吊るしていた茶色の紐を二つに切断した。紐が切れた紫色の石は偽物の首元を離れ、床に落下しロゼリアの背後に転がる。


 ――――……カシャン。


「ど、どうしたのさ?」


 今度は偽物が右手で掴んでいた黒い剣が、床に落ちた。持ち主の手を離れた剣は黒い靄となって消えていく。


 何が起きたのかわからず首を傾げるロゼリアの前で、偽物はふらふらと数歩後ずさりをしてからその場に倒れた。


「やってくれたな……このド糞野郎……」


「わけがわからないから説明してくれよ。まだ戦いは終わってないだろう?」


 汚い言葉にもめげないでロゼリアは説明を求める。


 座り込むように倒れた彼女は大きく舌打ちをして、口を開いた。


「僕は体が弱すぎてあのペンダントがないと何も出来ないんだよ……!!」








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