偽物の魔王
城門に立っていたのは間近で見ると背が低い中性的な人物だった。人型なので一見魔族か人族かわからないようにも見える。
「お前が現魔王か」
「そうだよ、ボクが今の魔王ロゼリア。訪問者さんは何の用で魔王城に来たのかな?あ、残念ながらスタッフは今募集していないよ。僕とスライムくんで足りているし……」
ロゼリアの言葉を聞いた訪問者はフン、と息を吐いて紫色の目を細めた。その様子にロゼリアの横にいたスライムは何やら嫌な予感がした。
「僕は記憶を食べる魔王ロゼリア。人が遺跡で眠っている間に勝手に人の名を名乗って魔王になるなんて、いい度胸だね」
やる気のない顔だが声だけは、はっきりとしたものだった。急に自分の名前を名乗る者が現れて、ロゼリアはそそそ、とスライムに近づき耳打ちする。
「な、なんだか急に変な魔族が来たなあ……ボクと同じ名前……?」
「もしやロゼリアに成り済まし魔王の座を奪うつもりなのかもしれません」
「あー……そもそもなんだい? 記憶を食べる魔王って」
ひそひそ相手に聞こえないように話し合う。その間訪問者はムスっとした様子で二人を見つめていた。
「記憶を食べる魔王自体は聞いたことがあります」
ロゼリアの問いに、スライムは過去に聞いたことのある話をする。
「大昔、まだ人間と魔族が互いを敵視していた頃に存在していた魔王。人々の大切な記憶を容赦なく食べるものだから勇者によって封印されたと聞きました。でも、その魔王の名はルーシェンだった筈」
とても昔の話だ。魔王の姿も今は誰も覚えておらず、名前と噂話だけが語り継がれている話。
「それは魔王用の名前だったのさ。記憶を食べる魔王ルーシェン、本当の名前はロゼリア。当時、僕みたいな者は真名を簡単に他人に教えられなかったんだよ。悪用されるから」
スライムの言葉が聞こえた訪問者は呆れ顔で一つ言い、続けて声を発した。
「で、どうする偽物さん。今すぐ魔王をやめて城から出ていくのなら許すけど」
小バカにしたような声はロゼリアの感情に火をつける。すぐ隣にスライムがいるにも関わらず、現魔王は大声で答えた。
「偽物じゃないよ! 偽物は君だろう? ボクはロゼリア! 正真正銘本物さ!」
思わず隣のスライムが耳を両手で塞ぐほど、大きな声でロゼリアは叫んだ。
対して突然やってきた訪問者であり、恐らく偽物であろう自称ロゼリアは相変わらずやる気のない顔と人をバカにしたような雰囲気。
「もしも君が本物というのなら、そうだな……記憶を食べれるんだっけ? どうぞボクの記憶を食べてみればいい」
迷惑そうなスライムの視線に気づいたロゼリアが、声を押さえて相手を挑発する。
「……それは」
意外なことに返ってきた偽ロゼリアの声は弱々しいものであった。
「……」
数秒悔しそうに目を伏せて、言葉を吐き捨てる。
「それは、無理。記憶を食べる能力が丸ごとどこかへ落としたかのように、消えてしまったから……。でも、記憶を食べる能力を失くしても、僕は魔王なんだ。魔王でありロゼリアなんだ」
呟かれた言葉は、消えてしまいそうな程弱々しい。
(……この人、ボクに似ている気がする)
「なんだかロゼリアに似ていますね」
隣に立っていたスライムが、タイミングよくロゼリアが思っていたものと似たような台詞を侵入者に聞こえないように小声で言った。
「奇遇だね。ボクも同じことを考えていた」
「貴方からアホ成分を抜いたらあんな感じになるのでしょうか」
「えっ!? アホだと思っていたの!?」
借り物の瞳が信じられないと言わんばかりに大きく見開いて、側近の姿を映す。スライムが言うとおりロゼリアはアホだった。付け足すと、少々間抜けでもありドジでもある。
何もない場所で転ぶことは多々あり、書類仕事を変な所で間違うことも少なからず……側近のスライムがいなければ魔王なんてとてもできたものではない。
ロゼリアがショックを受けている最中、偽物ロゼリアは目を閉じ、己の過去を二人に聞かせるように語る。
「僕はずっと仲間もいない、孤独の中で魔王をやってきたんだ」
「女だからとバカにされ友人なんか一人もいなかった。“寂しいときは鏡に向かって話しかけ”、寂しさを誤魔化した」
しかし二人にはまったく聞こえていない。
「はい。アホでドジな奴だと砂漠で出会った時から」
「ちょっと酷くない!? 君なんて可愛い女の子を見ればすーぐ鼻の下を伸ばして近寄る変態スライムのくせにさあ!」
「変態スライム!? 何を言っているのですか! 俺ほど美少女の気持ちや最新の流行、モテ方を研究している紳士なスライム、世界中探してもここにしかいませんよ!!」
スライムは仕事もできる上にドラゴンだって一匹で倒せる強いスライムだ。しかしながら完璧な魔族は一匹もいない。フェルバッドのスライムと呼ばれ恐れられている彼の弱点は、“美少女”。
「孤独の中魔王をしていた僕はある日、記憶を食べる能力“マホウ”に目覚めた。そして、他人に乗り移って記憶を食べた。幸せな記憶がほしかったから。幸せな記憶が、どういうものなのか知りたかったから……」
「……って、君達聞いているのか?」
ようやく偽物ロゼリアは二人が話をまったく聞いておらず、自分とは一切関係ないことで子供のように言い争っていることに気が付く。
紫色の瞳を不機嫌そうに細めて首を傾げた訪問者の言葉にロゼリアとスライムはぴたりと静かになった。
「……もしかして、何か喋っていた?」
「……まったく聞いていませんでした」
「聞いていなかった、と。僕の話を……」
ロゼリアとスライムは互いに顔を見合わせてから、申し訳なさそうな表情になる。
「ち、違うんだよ! 別に無視していたってわけではないからね!」
「そうです! 貴方が……音声拡張の魔法を使ってくれれば……気付いたかも」
「…………」
言い訳染みた言葉を聞いた偽物ロゼリアは数歩下がって、大きく息を吐く。
そして、左手をゆっくりと上に伸ばして手のひらを開いた。
「もういい」
冷たく、一声発すると同時に手のひらを包むように黒い靄が生まれる。靄は細長い固まりになった後、細身の黒い剣に変化した。
彼女は剣を素早く構え、言葉を吐き捨てる。
「話し合うのは面倒くさい。すぐに魔王を辞めてくれないのなら、あんたらの体切り裂いてずたずたにしてやるよ」
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