魔王城にて
「ねえ、スライムくん」
金髪の少年が座り込んだまま焚火越しに前にいる青年に声をかける。“スライムくん”と呼ばれた緑色の短い髪の毛をした、前髪で左目を隠した青年は木株の上に座ったまま答えた。男は呼ばれた名前とはまったく違う、人の形をきちんと保っていた。
「なんだ、ロゼリア」
少しぶっきらぼうで、それでも優しさがどこか残る声でスライムは答える。今度はロゼリアと呼ばれた少年が口を開いた。
「じゃんけんしようか」
「……は?」
突然の少年の提案にスライムはきょとんとした顔をして口をぽっかり開いた。ロゼリアは続いて「ほら」と言う。
「ボクたちこれから魔王城を乗っ取りに行くわけじゃん。魔王を倒すわけじゃん。でさ、魔王を倒した後どっちが新しい魔王になるかじゃんけんで決めようかなーと思ったわけですよ」
「ああ……なるほど。ちなみに負けたらどうなるんだ?」
「んー……負けたら側近?」
「……わかった」
ロゼリアの言葉を聞いて青年は納得した顔をする。そう、これから二人は魔王城に乗り込もうとしていた。ちなみにこの二人、勇者など大それたものではない。見た目はただの“人”だ。
ロゼリアが楽しそうに笑いながら立ち上がる。
「それじゃあやるよ!じゃんけん――……」
◇◇◇
「うげえ……スライムくん。魔王の仕事ってこんなに沢山あるの?ボクもう一週間休んでない気がするんだけど……」
「仕方ないですよ。恨むならあの時じゃんけんに勝ったご自身を恨むのです。それとロゼリア、魔王としての仕事以外にきちんと歴史の勉強もしてくださいね」
「はいはーい。それにしてもスライムくんの敬語口調、慣れないなあ」
「側近らしさが出ていいでしょう?これだと町に行っても人間の女性にモテるんですよ。しかしいざお付き合い……という雰囲気になると何故だかフラれてしまうんですよねえ……」
「そこは納得」
机に向かい、椅子に座って大量の書類を前にしてスライムの言葉に目を細めているのは赤髪の少女だった。
「慣れないといえば貴方のその姿がころころ変わる性質も慣れないですね」
「仕方ないだろー。ボクは実体がないんだ。体がないからこうして他人の体を借りないとスライムくんと話せないし、何もできないんだよ。まったく、何でこんな不便な体なのか知りたいぐらいさ」
「そういえば体がない上に記憶喪失なんでしたっけ」
「うんうん。気付いたら西の荒れ地に一人でいたなあ」
ロゼリアは体を持たない、所謂透明人間のような存在だった。なので他人の体を借りないと他の生物と同じような活動ができない。借りる体は主に人間の体で、最初は無断で乗っ取るように借りていたが最近はきちんとお金を用意して本人の同意を得て借りている。そして厄介なことに体を持たない上に自分の少し前の記憶がなかった。
「はあ……貴方が体をころころと変えるから魔族は皆、中々新しい魔王の顔を覚えられないみたいで……。巷では“渡り鳥の魔王”なんて呼ばれているし……。俺が隣にいないと魔王だと認識できないみたいです」
「えへへーそっかあー」
呑気なロゼリアの反応にスライムは持っていた分厚い本で軽くその頭を叩く。「いて」という声が聞えたが気にしなかった。
「人の体を借りるのは仕方ないとはいえ、気軽にその人の記憶を覗き見しないように」
「……わかってるよ」
「貴方のその能力は危険すぎます。絶対に俺の体には乗り移らないでくださいね」
スライムの言葉を聞いてロゼリアはこくりと静かに頷いた。単に体を乗っ取るだけではなく、その乗り移り先の記憶まで覗き見できるのだ。ロゼリアは。
(ボクってそんなに普通じゃないのかなあ……)
スライムに渡された本の表紙に目を通しながらロゼリアはぼんやりと思う。そこには“魔族奴隷時代”と書かれていた。そういえば近々人族の代表である勇者が挨拶をしにくるはずだ。一体どんな人なのだろう。勇者というからには筋肉がもりもりで逞しい人に違いない、色々と空想しているとスライムがはっとした表情をする。
「誰か城門にいますね」
「え?もしかして勇者?」
「いや……感じ取れる魔力から魔族のようです」
魔族と人族では魔力の種類が異なる。スライムはそれを敏感に感じ取っていた。彼は窓に近付いて外の景色を見る。ロゼリアもその後ろから同じように見た。彼らがいるのは魔王城の三階なので遠くてよく見えなかったが、小さく見えた城門には確かに何者かが立っているようだった。
「ちょっと見てきます」
「スライムくんが行くならボクも行くよ。君に何かあって困るのはボクだし」
「ふっ……俺がフェルバッドのスライムと呼ばれていたことをお忘れで?」
「あーはいはい武勇伝は後で聞くね」
「ちょっ、ロゼリア……はあ……」
早々に部屋から出るロゼリアの後を、スライムは溜息を吐きながらついていく。魔王城はロゼリアとスライムの二人しかいない。魔族が突然やってくるのも珍しい。城門に立っている魔族とは、一体どんな者なのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます