第72話【大魔道士リディア&レオン視点】

【リディア視点】


 優しい笑みを浮かべるレオンの掌から内心が流れ込んでくる。


『クッソ、たしかにフツメンだけど、内心優良物件じゃん! なんでモテたいんだよちくしょう! 女の子もさ「男は顔じゃない。中身だ」って言うくせに全然俺のこと見つけてくれないじゃん! イチャイチャさせてよ! 柔肌を触らしてよ! 色んなとこ撫で撫でさせてよ! おっぱい触らしてよ! 揉ませてよ!

 

 あっ、ヤバいって! リディアちゃんの頭を撫でながらこんな文句を呟いてたら——』


 ……。

 …………。

 ………………。

 あいかわらず、えっちぃことばかり考えて……ほんっっっっとバカなんだから。


 もしも流れ込んでくるのが、だったなら心を鬼にして追い出していたかもしれない。

 けど、


『よくもこんな可愛い幼女を捨てやがったクズ野郎!!!!! 

 ドワーフの先祖帰りだとわかったからって勝手に期待し、勝手に失望して__なんなんだ! マジでムカつく!』


『生まれてきてごめんなさい。俺はもういいのでクウたちに明るい未来を与えてやってくれ。

 クウのトラウマも克服しつつ、俺の願いも叶えてやる。それぐらいのことも考えられなくて何が変態ドスケベ院長だ! 名が廃れる!

 こんな報われない結末があっていいわけがない! だめだ、絶対に許さない。たとえ神が許しても俺がぜったいに。


「この孤児院から出て行かない、なの?」

「ああ、約束しよう。私はずっとこの孤児院にいる」』


 次々に溢れ出してくるレオンの温かい記憶と感情。クウの愉しそうな笑顔を思い出す。

 先祖帰りのあの娘は一見、天然に見えてものすごく鼻が効く。

 人間の善悪には敏感。そんなクウはレオンと接するとき、ひまわりのような——すごく明るい笑顔を浮かべる。

 同じような境遇であるわたしたちと出会い、打ち解けたそれと同等、ううん、悔しいけれどそれ以上の何かがあったこともたしかで。

 だから本当はもっと早くレオンの正体を見破っておくべきだったのに——そう、あーしはたぶん期待してたんだ。


 信頼できるかもしれない大人の裏の顔を知るのが怖くて。

 それだけじゃない。周囲のみんなが日に日に楽しそうに充実した生活を送るようになって嫉妬したのね。


 案の定、レオンは本音と建前を体現したような大人だったわ。でも、同時にあーしたちのことも大切に想ってくれていることも事実で。

 これまでたくさんの人間の心を覗き見て来たあーしにはわかる。世の中、完璧超人の人間なんかいない。

 人間は誰しもその胸の内に欲望を隠し持っている。


「……ねえ」

「うん? どうったの?」

「あんたクウと一生この孤児院にいるって約束してたじゃん。あーしに追い出されたらどうするつもりだったのよ。まさかその場しのぎの嘘だったわけ?」


 ……。

 …………。

 ………………。


『いぎゃああああああああああああああ!!

 忘れてた! クウとの約束忘れてたァァ!

 いや、正確には孤児院から出て行くつもりがなかったから破るつもりなんてさらさら無かっただけなんだけど! 

 いぎゃああああああああああああああ!!

でも、そうじゃん! そのとおりだよ!

 追い出されたら幼女との約束破っちゃうじゃん! どうすんの⁉︎ 「生きていて偉いなの♪」と褒めてくれるクウを泣かせるのか! やっべ! やっべえぞ! 落ち着け……! 方針を変更だ! こうなりゃリディアちゃんをメロメロにして……まずい! そういや思考が読まれて——』


「なにがまずいのよ? 言ってみなさいよ」


『パワハラ会議始まったァァァァァァ! もうダメだァァァァァァァァァァァァ! 幼女と楽しく過ごして大人になったら寄付を寄せてもらって美味しいものを奢ってもらい、あーんしてもらい、にゃんにゃんしてもらうだけで良かったです! ただ、それだけで良かったんです。それ以外なにも要らなかったのに……全然、それだけで良かったのに!』


「どこが、それだけで良かったよ⁉︎ 高望みし過ぎよ!」

『褒め殺し作戦でいこう! レオン七つ道具『褒める』発動!!!!!』

「リディアちゃんって本当に可愛いよね」


「言っとくけど『褒める』『撫でる』『髪を梳く』『抱きしめる』『手を握る』『セクハラ』『土下座』は通用しないから」

『なん……だと……。バカ、思考を止めるなレオン! なにか、なにかあるはずだ! レオン七つ道具以外になにか……、


 ……。

 …………。

 ………………』


 いや、本当に何も思いついてないじゃない⁉︎

 あんたまさか本当にそれらだけでここまで乗り切ってきたわけ⁉︎ 逆にすごいわね! 関心するわよ。


「万策、尽きたか……!」

 めちゃくちゃ悔しそうな表情で落ち込むレオン。額には大粒の汗。

「いや、粘りなさいよ! なんかあるでしょうが!」


『⁉︎ まさか試されている……⁉︎ けど俺にはもう『舐める』ぐらいしか』

「それは『セクハラ』でしょうが!」

『クソッ、どうして俺はいつもいつも大事な場面で無能なんだ!』

「……そんなにこの孤児院にいたいわけ?」

『居たいよ!』

「居たいよ!」


 即答。それも嘘偽りのない本音。

 うう〜、なんでよ。なんでエッチで、スケベで、どうしようもないクズで無能で怠惰なのよ!

 それさえなかったらあーしだって即決で……いや、でも孤児のことを想う気持ちは本物で——みんなもレオンのことを慕ってるし、うう〜、もう嫌だぁ。なんであーしだけこんなに悩まされなくちゃいけないの。


 もう一度深く考えてみる。人間は例外なく裏表がある生き物。

 あの響さんだって罪人を切り捨ててきた過去に葛藤しているんだもの。

 鬼という種族上、血を見るのが大好きだった響さんは罪人を暗殺しているのは、国家のためという建前で任務に当たっていた。

 けれど、彼女は気付いてしまう。本当はただ、人間を斬り殺したい欲望が己の内に潜んでいることを。それに気付き、受け止めきれなかったからこそ、響さんはこうしてこの孤児院に——暗殺部隊を退任してここにいる。

 孤児たちと過ごしているのは贖罪も含まれているってわけね。

 

「……レオンは、その、——なわけ?」

「えっ? なんて言ったの?」

「だからあーしのことが邪魔じゃないわけ? 触れただけで他人の心が読まれるのよ? あんたみたいな人種は特に天敵でしょ⁉︎」


 ちょっ、なに聞いてんのあーしは! 

 こんなこと口にしたらレオンの本心が——。


『辛いよね。そっか。そりゃそうだよね』

 はぁっ⁉︎ なに⁉︎ なんであんたが——。


『他人の心が読めるってたぶん俺が思っているより苦しいはず。俺みたいな変態どスケベインチキ野郎が現れるわ、信じていた人の本心だって見えちゃうわけだし。きっとこの娘は俺の人生なんかよりもっともっと大変だったちに違いないよね。まあ、俺の女の子に縁のない不幸エピソードなら負けてないとは思うけど』

 

「バカっ、全部丸聞こえ、ぐすっ……!」

 大変な人生だった。そう本心で思ってもらえたことがこんなにも——。


『あああああああ! リディアちゃんがくずり出した! 泣かせてしまったァァ! あわわ……どっ、どうしよう! 泣かせるつもりは全然なかったのに! もう嫌だァァ! レオン無能すぎぃ! 全財産は失うし、幼女とのたった一つの約束も守れないし、目の前の女の子は泣かせちゃうし、響さんとは全然ねんごろにならないし、もう俺が泣きたいんですけどぉぉぉ!』


「ぐすっ……!」

「なんであんたが泣いてんのよ!」

「エッチでスケベで無能で最低のクズ野郎でごめんね」

「そう思ってるなら治しなさいってば!」

「ほら。バカは死ななきゃ治らないって言うでしょ?」


「サイテー! もうサイテーだわ! ちょっ、なななっ、なにしてんの⁉︎」

 突然、あーしを抱きしめたかと思えば【天啓】を秘密裏に発動するレオン。

 バレないように考えずにー、って思考してる時点でバレてんのよ! ていうか、何勝手に——。


『秘めた才覚がいつかこれまでのリディアちゃんの人生を労ってくれますように』


 ……レオン。


 体温を通して温かい感情が流れ込んでくる。悔しいけど、心地良いわ。こうやって抱きしめてもらえるなんて何年ぶりかしら。もう記憶にも——。


 やがてレオンは【天啓】を発動し終えて、あーしから離れる。

 不覚にももっとくっ付いていたいと思ってしまったわ。ほんっっと不覚だけど。


「その、往生際が悪いことは承知してるんだけど、数日だけクウたちに説明する時間は許してもらえる? 一生いると約束した手前、いきなり姿を消すのはちょっと、さ」


「……いいわよ」

「えっ?」

「だ・か・ら、孤児院に居てもいいって言ったの! その代わり、騙すならみんなのことを騙し通しなさいよ⁉︎ もしも不幸にしたらそのときは今度こそ見限ってやるんだから!」

「りっ、リディアちゃん!!!!!!!!」


 あーあ、あいかわらずあーしもチョロい女の子ね。ちょっと温かい心に触れたからって他のとんでもない本音を見て見ぬ振りをするなんて……ほんっとちょろい。我ながら情けないっての。


「リディア、いつまでお父さんと話しているの、なの! 早く来るの!」

「さっさとしなさいよ! お湯が冷めちゃうじゃない」

「リディアさん、レオンさんとのお話は済みましたか? わたし、もう楽しみでこれ以上は待てませんよ」

「あら、あらあらあら。ふふっ。どうやらわたくしの思ったとおり何も心配いらなかったようですわね」

「いつまで待たせるつもりよリディア。さっさとしなさいっての!」

「レオンちゃんが頑張って温めてくれたお湯が冷めちゃうじゃない!」


 あーしがレオンの残留を認めた次の瞬間。お風呂に入っているはずのみんなが迎えに来てくれた。


「えっ? なんでみんなが——」

「せっかくのお風呂なんですから、みんなで入った方が良いに決まっているではなくて?」

 とレティファ。


「リディアちゃんが守りたくなるのも当然の家族だね。じゃあ、行こっか」

 そう言って手を向けてくるレオン。

 あーしは、その手を取るか逡巡したのち、結局——、


『やった! やった! リディアちゃんのお許しが出たし、孤児院にいられる! しかもお風呂はこれからだって!!!! うっひょおおおおおおおおおお! 混浴だ! 混浴ですよみなさん!』


「それじゃお先に失礼するわねレオン」

「先にもらうわねレオンちゃん」

「お先に失礼しますレオンさん」

「先にいただきますわレオン様」

「またあとで感想を伝えるの!」


「混浴? またまたご冗談を。レオンさんは後でよろしいですね?」


「ぴょおっ⁉︎」


 ふふっ。当然よ。女の子と一緒にお風呂に入れるわけないでしょ! 

 レオンのバーカ♡


『なんでだよ!!!! なんでこうなるんだよ!!!! なんか知らないけど丸くいったじゃん! このあとみんなでみんなの背中を流す流れだったじゃん! お風呂回の流れだったじゃん! クソが! 肌色多めの回がないならこんな孤児院出ていってやる!!!』

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孤児院から巣立った美少女たちに好意と寄付を寄せてもらうだけでよかったんです……泣 急川回レ @1708795

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