学校
初デートは、大成功と言っていいだろう。
映画を見て、藤宮先生が作ってくれたお弁当を食べて、ショッピングして二人してプレゼントを送りあった。
所々予定通りにいかない面もあったけど、初めてにしては上出来だったと思う。
そして今日は、デートの翌日──要するに九月の一日。二学期が始まる日である。
昨日、藤宮先生とは会ったばかりなのに、今日も学校で会えるとか最高か?
もちろん、許婚としてではなく教師と生徒として接することにはなるけど。
朝のホームルームの時間になり、教室に藤宮先生が入ってくる。チラリと俺を視認すると、小さく手を振ってきた。
くそ、可愛いなっ!
でもここは学校だ。
学校にいる間は、『生徒と教師として節度を持って接すること』というルールを忘れてないよな。
まぁ、手を振り返してる俺が言えた義理じゃないけど。
藤宮先生はクラスメイトに向かって簡単な挨拶をした後、出席簿を開く。
「それじゃ、出席を取ります。‥‥‥裕太くん」
「ゴホっ、コホッ!」
いや、おい。早速なにやってんだあの先生!
今は俺のことを名前で呼ぶべきじゃない!
あー、クラスメイトがざわつき出しちまった。
「‥‥‥あ、あの先生。名前呼びはちょっと照れるんで勘弁してくださーい」
俺は出来る限りおちゃらけてフォローを入れる。教室内に少しだけ笑いが溢れた。
まだネタで済むレベルだ。
「あ、えっと、うん。ご、ごめんね‥‥‥久しぶりだから頭こんがらがっちゃった。えっと、一ノ宮くん」
「はい」
動揺しすぎである。
そこまで、顔を真っ赤にしてアタフタされると、よからぬ詮索をされそうだ。
さすがに一回名前で呼んだくらい大丈夫だろうけど、これが続くとマズイ気がする。
朝から心臓に悪い‥‥‥。担任と許婚になるのって楽じゃないな。
ホームルームが終わり、始業式が始まるまでの休憩時間。俺がドッと心労を覚えていると、スマホがひとりでに振動した。
見れば、藤宮先生からメッセージが届いている。
『さっきはごめんね。いきなり失敗しちゃった...』
『気にしないでください』
『ありがとっ。次からは気を付けるね』
『はい。俺も気を付けます』
‥‥‥普通に返事返してるけど、これもし誰かに見られたら結構マズくないか?
緊急性があるとき以外は、連絡を取らないようにってのもルールに付け加えないとダメだな。なんか背徳感がすごいし。
「おーっす、ゆーくん。何してんの?」
俺が藤宮先生と連絡を取っていると、突然、肩に力が入る。俺はそのまま机に突っ伏してしまった。
「うぐおっ、い、いきなり何すんだ!」
「えへへ、鈍ってる体をほぐしてあげようかと」
「ほぐし方がヴァイオレンスすぎるだろ」
「あはは、怒ると血圧上がるんだよー」
誰のせいだと思ってんだ。
俺は首を後ろに回し、目を眇める。
「‥‥‥でさ、何してんの? ゲーム?」
「えっ、いや、別になんでもねぇよ。つか距離が近いって」
俺は咄嗟にスマホをポケットに隠す。
危ない。危ない。やはり、学校内では連絡を取らない方が良さそうだな。
ブーブーッとスマホが振動しているから、多分藤宮先生からまだ連絡が来てるのだろうけど。今はスルーするしかない。
「別にいいじゃん。幼馴染だし」
「よくない。誰かに誤解されたらどーすんだ」
カップル同然の距離感で接してくる安城。俺の肩に手を置き、息が掛かる近さである。
もしこんなところを藤宮先生に見られたら最悪だ。
まぁ、幸い藤宮先生は始業式に備えて、先に体育館に──
「‥‥‥っ」
──いや、居たわ。
扉の近くで覗き込むようにこちらを見てたわ。執念深く黒いオーラを全開に出している。
傍から見たら不自然極まりないから、いち早くやめて。ホントマジで。
「ちょ、ちょっとマジで離れて! 頼むから」
「お、おう。なんかガチだ‥‥‥って、どこ行くの?」
「トイレだよトイレ」
「あー、そういうことか。漏らしちゃだめだよ! ゆーくん」
‥‥‥くっ。あんまり大声で言うんじゃねえよ。
もちろんだが、トイレに行くつもりはない。
ハムスターみたいに頬を膨らませながら、ジト目で俺を見ている人の元に行くのだ。
俺が接近すると、藤宮先生はびくんと肩を跳ね、ぎこちなく踵を返した。
「あの、英語でわからないところあるんで、質問してもいいですか。藤宮先生」
そう言うと、藤宮先生はぎこちない笑みを浮かべてこちらを見る。
「べ、別に教えてあげないこともないけど」
なぜかちょっとツンデレ気味に返答をくれる。教師なのだから、質問されたら素直に答えなさい。
「じゃあここじゃアレなので、ちょっと場所移動しましょう」
「べ、別に移動してあげないこともないけど」
周囲の目も考慮して、人気の少ない場所に移動する。‥‥‥よし、ここなら大丈夫か。
全校生徒が体育館に向かう中、図書室を使う人はいないはずだ。
「‥‥‥で、質問って。何がわからないの?」
「いや、違いますよ。なんで本気で俺が勉強の質問してると思ってんですか」
天然なのかよ。可愛いかよ。
「別に同い年の若い女の子とベタベタしてたことなんて、全然まったく気にしてないけど」
そういう割には、ふてくれされた表情を浮かべている。
「そうですか。でも誤解してほしくないから言いますけど、俺と安城はただの幼馴染ですからね。さっきは、ちょっと距離近かったですけど、あれは安城にパーソナルスペースの概念がなかっただけで」
「ふーん。そういう割には、満更でもなさそうだったけど。私のメッセージ無視するくらいには」
「やっぱり気にしてるじゃないですか」
「‥‥‥だって、心配なんだもん。学校には私よりいっぱい若い子がいるし」
嫉妬、だよな?
どうしよう、今嬉しがるタイミングじゃないと思うけど、嬉しくて仕方ない。
「大丈夫です。俺が好きなのは‥‥‥琴弓さんだけですから」
「絶対?」
「はい、絶対です」
「私がどんなことしても?」
「嫌いになりません」
「ほんとに?」
「ほんとです」
俺が力強く頷くと、藤宮先生は一歩前進する。
「‥‥‥えいっ」
そして、そのまま勢いよく抱きついてきた。
「えっ、ちょ、ちょっと先生⁉︎」
「えへへ、私も裕太くんが好きだよ」
一瞬にして俺の身体が熱くなる。藤宮先生から直接好きって言われたのは初めてだ。
もしかして、好きなのは俺だけで、藤宮先生は仕方なく俺と許婚をやってるんじゃないかとどこかで不安に思っていたが。
そんなことはなかったみたいだ。
俺が割れ物に触るように慎重に手を回そうとすると、ふと時計が目に入った。そろそろ始業式が始まる時間だ。
「‥‥‥琴弓さん。そろそろ時間がやばいです。始業式が始まっちゃいます」
「‥‥‥やだ。もう少しこのままがいい」
上目遣いで俺を見ながら、わがままを言ってくる。
「怒られますよ」
「‥‥‥その時は、裕太くんも一緒に怒られてくれる?」
ダメだ。可愛い。
つい甘やかしたくなるが、俺は心を鬼にして。
「まずは怒られないように、始業式に行ってください」
そう言って離れると、藤宮先生は不満げに唇を尖らせる。
「‥‥‥正論がいつだって正しいわけじゃないんだよ」
「今回に限っては正しいと思いますけど。それに、またいつでも続きはできますよ。‥‥‥許婚ですし」
そう、俺と藤宮先生は許婚なのだ。
今という時間に縛られる必要はない。
「‥‥‥わかった。じゃあ昼休みに続きしてくれる?」
「え、昼休みですか?」
「ダメなの?」
「ダメというか、もし誰かに見られたらどうするんですか。今だって割とリスクあることしてますからね‥‥‥」
だが、俺たちは許婚である以前に、生徒と教師なのだ。この関係がバレるのは色々とマズイ。
俺も、藤宮先生も、もっと危機管理能力を高めておくべきだ。
「安心して。それには一つ策を考えてあるんだー」
「策ですか?」
「うん。生徒指導室なら、鍵閉められるし他の人の目に触れることもないから二人きりでいられるよ」
「ホントに怒られますよ‥‥‥」
「大丈夫。ちゃんと大事な生徒を指導するだけだから」
「‥‥‥なら、まぁしょうがないですね」
この分だと、学校内では『生徒と教師として節度を持って接すること』というルールは守れそうにない。
だが、まぁバレなければいいか。我慢は身体に悪いって言うしな。
その後、生徒指導室を私用で使ったことが問題になるのだが‥‥‥それはまだ先の話だ。
片想い中の先生に結婚しませんかって提案した結果、俺の許婚になった件について ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj
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