デート②
「──俺はアイスコーヒーで」
「私も同じのを」
映画が始まるまでの間、俺たちは近くのカフェへと来ていた。
藤宮先生の提案でカフェに来たわけだけど、椅子とテーブルがあって、涼しい場所なら正直どこでもよかったみたいだ。
というのも、
「勉強するって本気ですか」
「うん。裕太くん、英語苦手でしょ。いつもテスト赤点ギリギリだし」
「うぐっ、それはそうなんですけど。なんか思ってたのと違うというか」
「たしかに。でもまだ待ち合わせ前だし、今は教師と生徒でもいいかなって思ってさ」
「くっ‥‥‥早く来るんじゃなかった」
「あはは、でも勉強は大事だよ。特に英語は大学受験するなら絶対使うし」
「まぁそれもそうですね。じゃあよろしくお願いします」
文系でも理系でも、英語は関わってくる。かなり重要性の高い教科だ。英語はできるに越したことはない。
勉強に使う資料はどうするんだって思うかもしれないが、このご時世スマホがあれば大体解決できる。
ネットに散らばってる問題を俺が解き、間違えたところを藤宮先生が教えるという流れで勉強は進めていく。
「うん、だからここは──そうそう────ここはね────ってなるの」
「あ、なるほど‥‥‥」
一対一で教えてもらうとすごく分かりやすい。俺のペースに合わせてくれるからだろう。分からないところがすぐに払拭できるため、理解が深まっていく。
「なんだ、裕太くん英語苦手なのかと思ったけど、そんなことないじゃん」
「琴弓さんの教え方が上手いからですよ」
「そうかな、そう言われると自信つくかも」
「はい。そろそろ良い時間だし行きましょうか」
「うんっ」
程よく時間が経過し、俺と藤宮先生は席を立ち上がると、カフェを後にする。
ちなみに会計は折半だ。俺も藤宮先生も、支払う権利を取り合い‥‥‥結果的に折半という形に落ち着いた。
俺は俺で格好つけたかったし、藤宮先生も歳上として思うところがあったのだろう。
映画館へと向かう道すがら。俺はふと尿意に襲われる。勉強のついでにアイスコーヒーを飲みすぎたな。
まだ時間に余裕はあるし、大丈夫か。
「すみません先生」
「先生?」
「あ、えと‥‥‥琴弓さん」
「うん。どうかした?」
「トイレ行ってきてもいいですか」
「大丈夫だよ。じゃあ私、ここで待ってるね」
「ありがとうございます」
藤宮先生の許可をもらい、俺はトイレへと直行する。藤宮先生は近くのベンチに腰を下ろしていた。
‥‥‥デパートは入り組んでいて、トイレの標識を探すのに一苦労したが、なんとか用を済ませることに成功。デートで恥をかかずに済んだ。
ただ少し時間がかかってしまったから、藤宮先生が暇してないか心配だ。
「‥‥‥あ、あのホントに大丈夫ですから」
「いやいや勿体無いって、そんな綺麗なのに。ぜひ付き合ってくれないかな」
(‥‥‥あれ、ナンパか?)
急ぎ足で戻ると、茶髪の男が藤宮先生に声を掛けていた。藤宮先生と男の間にある温度差は明らか。
本来なら今すぐにでも離れたいのだろうが、俺を待っているせいでその場から動けないのだろう。
「ごめんなさい。他を当たってください」
「いやいや、ホントお願い。君しかいないんだって」
藤宮先生が拒否してるにも関わらず、男はめげない。それどころか強引に手を掴み、懇願していた。
「──やめてもらっていいですか」
俺は男の肩を掴むと、藤宮先生から距離を取らせる。
もっと冷静に止めに入ろうと思ったのだが、思った以上に語気が強くなってしまった。俺より先に手を握ってることに苛立ったからだろう。くそ、チャラ男め。
「え、誰キミ?」
「この人の許婚です。彼女が迷惑してるのでやめてください」
「許婚‥‥‥って、ああ彼氏ってこと? だったらちょうどよかった」
「は?」
「ボク、美容師やってるんだ。そこで彼女にカットモデルになってほしくてさ。彼女、すごい髪が綺麗だし、適任だと思うんだ」
茶髪男は、爽やかな笑顔を浮かべて言う。
ナンパかと思ったが少し違ったらしい。カットモデルに藤宮先生を誘っていたのか。
帽子を被ってる状態とはいえ、藤宮先生の髪質は目を惹くからな。美容師の職業病が発動したのだろう。
「えっと‥‥‥」
藤宮先生に目を向ける。だが、藤宮先生はふるふると首を横に振っていた。
カットモデルになる気はないらしい。
「どうかな? ボクに任せてくれれば、もっと彼女を可愛くできると思うけど」
「大丈夫です。今のままで最高に可愛いので」
「‥‥‥っ⁉︎」
あれ、俺いま結構すごいこと言ったな。
でも、事実だしいいか。藤宮先生は今のままで十分可愛いのだ。
髪を切っても可愛いだろうが、本人が望まないことを勧める気はない。
「そ、そっか。じゃあ他を当たるよ。迷惑かけてごめんね」
「はい。そうしてください」
茶髪男が残念そうに立ち去るのを見送った後で、俺はホッと肩の力を抜く。
「あ、ありがとね。追い払ってくれて」
「いえ、むしろ俺のせいですみません。大丈夫でしたか?」
「うん大丈夫」
「じゃあ行きましょうか」
藤宮先生はベンチから腰を上げる。だが、少し身体が震えていて足元がおぼつかない。
「ホントに大丈夫ですか?」
「あ、はは‥‥‥あんまりキャッチの人に良い思い出なくて、だから緊張しちゃったのかな」
詳しいことは知らないが、一種のトラウマのようなものなのだろう。
本人は意識してないだろうが、身体が小刻みに震えている。
「もう少し休みましょうか」
「でも」
「まだ時間に余裕ありますし」
「‥‥‥ありがと」
俺が隣に座ると、藤宮先生は肩を寄せてきた。
俺は心臓をバクバクさせながら、藤宮先生の手に、俺の手を重ねた。
「‥‥‥こうすると緊張が和らぐらしいですよ」
「‥‥‥そ、そうなんだ。物知りだね」
俺は安堵の息をもらす。もし手を繋ぐの拒否されたら立ち直れなかった。
「でも、こうした方がもっと落ち着くかも‥‥‥」
「‥‥‥っ、そ、そうですか」
藤宮先生が俺の指と指の間に手を絡ませてくる。俗に言う恋人繋ぎというやつだ。
もはや、緊張が和らぐどころか、悪化しそうだが‥‥‥俺も藤宮先生も手を離すことはなかった。
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