ランニング・エクスチェンジャー

ちびまるフォイ

急ぐのだからこそ走る

俺の家から彼女の家までは軽いジョギングコースくらいある。

この道のりを往復するのがいつも自分のデートの帰りだった。


「それじゃまたね」

「うん、また」


手を振って彼女と別れると、ランニング開始。

息を切らし汗だくになって自宅のドアを開ける。


「はぁっ……疲れた……ん?」


玄関にはなぜか皿の上にちくわが置かれていた。


いくら自分が酔っていたとしても冷蔵庫にないちくわを取り出して、

皿の上に載せて玄関に置くなど考えられない。


「まさか……空き巣か!?」


部屋のものは盗まれていない。

人の入った気配すらない。


だったらこのちくわはなんなんだ。


さすがに食べるのはためらわれたのでそのまま捨てて気にしないことにした。



その日の週末、とくに予定がなかったのでたまには運動しようと思い立った。

今はどこかの施設に行くことがためらわれたので近所を走ることにした。


「普段は彼女と俺の家の往復しかしてないから、今日はもうちょっと走ってみよう」


いつもよりも遠くの隣町までランニングして家に帰ってきた。

疲れて玄関を開けると、俺を迎えたのは皿に載せられたスマートフォンだった。


「な、なんだこれ!?」


最新機種のスマートフォンが玄関に置かれている。

誰かの忘れ物とも考えられない。


心あたりを考え尽くしたとき、ふと皿の上のものが現れたタイミングに思い当たった。


「そういえば、俺が走って戻ってくるたびに出ているな……」


コンビニちょっと歩いて行ったときには出てこなかった。

自転車でちょっとでかけたときにも出てこなかった。


決まって、ランニングした帰りには必ず出現する。


距離が長ければ長いほど、皿の上に載せられる品々は単価が上がっていた。


自宅から彼女の家までならちくわ。

隣町まで走ったのならスマートフォン。


システムに気づいたとき、思わず顔がにやけてしまった。


「これ、もっともっと走ったら……指輪が手に入るかも」


自分も彼女もいい年齢になってきていた。

結婚をお互いに意識する時期。

彼女も自分からの指輪とプロポーズを待っているふしがある。


ここは文字通り汗水流して、幸せを勝ち取る必要がある。


「ようし! 指輪ゲットまで走ってやるぞ!!」


まずは皿と一緒に現れる品々と価格の規則性を調べた。

1000m走るごとにいくらの価値が増すのか。


次に、指輪が出るであろう適正距離を調べる。


走らなすぎたら指輪じゃなくなるし、走りすぎると別のものになる。

ピンポイントでちょうどいい距離を走る必要がある。


算出された距離は42.195km。フルマラソンと同じ距離だった。


「はぁっ……はぁっ……も、もうだめ……」


いざ走ってみるとこれが長い。

気合と根性でなんとかなる領域ではなかった。


何度もチャレンジしてはくじけて、歩いて帰ってしまうと玄関にはなにもない。


「一度でも歩いたら何ももらえないのか……」


何度も何度も走り込むうちに走りきれる距離が伸びていく。

そしてついにその日はやってきた。


「ぜはっ……ぜはぁっ……は、走り抜いたぞぉ……!」


体は走る前よりもずっと細くなっていて、のどはからから。

鼻からはぷひゅーとよくわからない音が鳴っている。


玄関を開けると、皿の上にはさんぜんと輝く大きなダイヤの指輪がまっていた。


「うおおおお!! やった!! やったぞぉぉぉーー!!」


あまりの嬉しさに疲れは吹き飛んだ。

早くこれを見せたくてたまらない。


玄関のドアを閉めて彼女の家まで猛ダッシュ。


「どうしたの急に」


「俺の家に来てほしい! 見せたいものがあるんだ!」


状況が飲み込めていない彼女を連れて家まで走った。

彼女の喜ぶ顔が見たくてたまらない。


家までつくとドアの前で止まった。


「それで見せたいものって何?」


「ドアを開けたら、皿の上に載っているものを見てほしい」


「なんで……?」


「皿にあるものが、俺が君への気持ちだ」


俺は勢いよく玄関のドアをあけた。

皿の上にあるものを見て、彼女は目を大きく見開いて驚いた。






「ち、ちくわ……? 私への気持ちってちくわなの……?」



困惑した彼女の顔から逃げるように2度目のフルマラソンへと繰り出した。

今度は彼女の家など寄らないと心に決めた。

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