『大学生活』をするキャラクター達
- ★★★ Excellent!!!
このラブコメは、まるで登山口からざっと踏み出すように丁寧に大学生活を書いてゆく。
まだ何者でも無いどころか何も持たない自分に、うさん臭い寮とそこの先輩達、だるい日々の授業、よく分からない熱気がこもる学祭、そして折々の飲み会。
そんな、読み手たる自分の人生においても既視感のある大学生活の描写の中に、ふと自分の記憶にはなかった、憧れの美人の先輩と、きりっとした印象の女友達がはいり込んでくる。
大きなドラマはない。ちりばめるという言葉こそよく合う風に、小さな出来事が彼らとの日常のなかに積み上がってゆき、まるでもう一度あの日々を送っているような不思議な感覚とともに、しかし、着実に一人のキャラクターがただの読み手の筈の自分の心に寄り添ってくるのを感じる。
これは明らかに趣味だ。ストレートなエンタメではない。鳴り物入りでヒロインをこちらの気持ちに躍り込ませるのではない。地道に、雨が地面にしみ渡るようにじわじわとこちらの地盤のありようさえ変えてくる影響が、ストーリーを読み進めるごとにこちらに及んでくる。
この丹念な計算と侵略を、しかし自分はただの妙技とは思わない。作者は、「こういうのいいよね?俺はこういうのがいい」と、悦楽とともにきっと無心で書いているのだ。
それが最後、その極限までこちらの心に漸近したキャラクターの一人が、本当に本当に密かに、でも確かに一歩踏み出して行った一つの行動が、その観測の一文が、読み手の気持ちを爆発させてくる。
実際はなかったはずの恋を再体験するために、どうか是非、最後まで読んで欲しい。