四食みの茜(6)
「女子高生をこんな時間に連れ出すのって犯罪者の思考じゃないんですか」
「取ってつけたように女子高生アピールするんじゃねぇ。お前みたいな錆びた目が十七か八とか俺ぁ認めねぇぞ」
真夜中。
月が雲に隠れているのか、街灯にも乏しいこのあたりは、普段と比べても異様な雰囲気を醸し出していた。
いつか見た物とは違う、爽やかな暗闇。あの粘つきにも似た気配はどこにも無く、あくまでこれは日常の延長なのだと認識する。
「……でも、本当に私の直感なんてアテにしていいんですか?」
つい、疑問を投げてみる。
立って並んでみれば、やはりというかなんと言うか。目線の高さはほぼほぼ同じで、改めて彼の体躯の小ささを実感してしまう。
鼻を鳴らされる。機嫌の良し悪しはともあれ──ついでに罵倒の有無もともあれ──こういう時、彼はあまり待たせずに答えをくれるのだ。ついそれに甘え、僅かな疑問が形になった時は、そのまま言葉にしてしまう。
聞き上手というより、引き出し上手か。
「むしろ、今回に関してはお前の直感が頼りだな」
「ほぇ?」
予想外。
間抜けた顔をした自覚の合間に、鼠の解説が始まる。
「何て言やいいんだろうな……。そもそも『穴』ってのは、人間らしさを『損なった』モノの集まりなんだよ」
脳裏に飛来する、黒い海。
そこに浮かぶ、僅かな白波。
異常過ぎた光景ゆえに未だに実感は遠いが、小柄な男の存在が、その体験を保証する。
アレは確かに起こっていた事だ、と。
「が、こいつは逆だ。確かに異常が起きてはいるんだが、感触としては『集まった』に近かった。どうにも、俺はこっちへの波長が合わん」
「……つまり?」
ふん、と鼻が鳴る。
「都市伝説から『本物』を引き当てられた、お前のアンテナに期待って所だ。どんなに些細な事でも良い。何か感じたら全て話せ」
始まるぞ、と窓を指される。
どこか納得が行かないが、この話については彼は間違いなく専門家だ。彼は必要ないのなら、自分に頼ろうという選択肢などそもそも浮かばない筈なのだ。ならば、頼られてやるのも悪くはない。
ほんの少しの気分の良さを、家へ向ける集中力で埋めていく。この高揚を悟られれば何を言われるか知れたものではない。
(──?)
どこか。
空気感が、少しだけ変わる。
「……多分、今始まったな。この感覚、やっぱ穴を開けて引きずり込むよりは降霊術って感触の方が近いんだが」
「…………」
「錆猫」
ぱん、と破裂音。
驚いて意識を取り戻す──気絶していた? 立ったまま?
「え──鼠さん?」
「……アレだな。やっぱお前、この話から身を引け」
「えっ」
あまりに唐突な発言に、理解がまるで追いつかない。
だと言うのに、彼はそれを待たず。
「悪い傾向が出ている。穴に飲まれた後の補強は済んでるが、掘り返された土が完全に戻らんように、お前の実在性も脆くなってやがる」
「え──と」
「要は、迂闊に関わると『飲まれる』ってこった」
ぐしゃり、と頭をかき回しながら。
苛立ちを隠さず、鼠はぼやく。
「今晩は家まで送ってやる。それから、あの部屋に目を向けるな」
「……完全に無駄足、どころか危険な事に足を突っ込まされてません?」
片手を上げながらの謝罪。
それはそれで調子が狂う。彼の言う事は万事理解とは言わないものの、どこか感覚が腑に落ちていた。
だけれど。
「鼠さん。敢えて、わかった事を伝えますね」
「……それを最後に関わるなよ」
ええ、と了承しながら。
「私、この気配に体を預けたいなって──そう、思ってしまったんです」
揺れる街 ねこのほっぺ @motimotitanukineko
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