四食みの茜(5)
「一人になれる時間が無くてできませんでした」
「本音は」
「忘れて寝てた」
半ば定例になりつつある報告会。
頭を抱えるいつもの鼠と、もう一人の知らない少年。
狭い部屋に三人も集まると、流石に少々窮屈に感じるが、お構い無しに罵倒が降ってきた。
「阿呆かお前。俺が渡した折り紙はどうした」
「えっと……どうしましたっけ?」
「張り倒すぞ駄猫」
それこそ安物のスポンジに食われている鼠には言われたくないのだが。
あまりに内容が酷すぎて会話に加わる気も起きないのか、壁に体を預けたまま、少年は軽く俯いている。
……流石に気になり始めた。しかし直接声をかけるには相手の事を知らなすぎるし、鼠がこの部屋に上げているという事は、彼にとっては既知なのだろう。そう思い、質問を投げかけてみる。
「ところで、彼は?」
ふん、と鼻を鳴らされた。
最早いつもの事である。
「協力者。お前と違って有能な奴だ。──夜鷹、こいつがたまに話す錆猫だ」
身を起こしながらの雑な説明。
別の学校だろうが、恐らく体格や容姿からするに高校生か。
ふと顔を上げられ、その特徴的な深い目に一瞬吸い込まれそうになる。
──ごく普通の日本人で、普通の目の筈なのに、どこに特徴を捉えたのだろう? 自分の中に浮かんだ疑問が形になる前に、彼は先に口を開いた。
「夜鷹、です。本名は別にありますが……鼠さんから名乗っておけと。あなたも同じですかね、『錆猫』さん」
良く言えば丁寧。悪く言えば慇懃。
ぺこりと頭を下げながらの言葉は、警戒心を隠そうともしていなかった。しかし当たり前と言えば当たり前だ。この鼠の知り合いに、警戒を重ねて不足する事などないだろう。
流石に自己紹介をされて無視するのは無礼が過ぎると思い、会釈しつつ言葉を返す。
「錆猫って呼ばれてます。鼠さんに絡まれてこんな事になりました。よろしくお願いします」
彼と比較すると、自分には警戒心が足りていないのだろうか。
すらっと言葉が出てきた。とはいえ、本名を隠せという忠告は同じであり、この点だけはお互い様のようだ。
数秒、沈黙が落ちる。微妙に気まずい空気を割ってくれたのは、やはりというか、鼠の嘆息だった。
「で、夜鷹。体はどうだ。何か変化は?」
ん、と一瞬の疑問。
──そういえば先程からずっと比較されていたが、もしかして彼は「セキチョウサマ」を行ったのだろうか?
その疑惑は、本当に一瞬で晴らされた。
「特に何も。悪感情を食べるというから期待したのも本音ですが、……まぁ、見ての通り。俺には何も変化は無いですよ」
「ふむ」
いつの間にか鼠はあぐらをかいていた。
それなりに柔らかそうなソファの上で、である。バランスを崩したりしないのだろうか。
「……場合にもよる。『忘れた事も忘れた』ってんならわからんな。後は、なんだ。確か三度までは許してくれるんだっけな?」
「あ、聞いた事ありますねそれ。四度目は勝手に祝詞が変わって、セキチョウサマではないものを引き寄せてしまうとか」
つい会話に割り込んでしまった。
別に悪い事ではないだろう。実際鼠もそれに対しては特に突っ込むことはしなかった。
夜鷹は深く考え込むように、顎に右手を当てている。非常にわかりやすい。
「儀式の手順に間違いはないな?」
「ない筈です。鼠さん。聞いていた事がそもそも間違い、という説は?」
少年の問いに。
男は、静かに首を振る。
「伝言ゲームよろしく歪められてるなら、特になんの変化も起きなかったろうさ。だが、昨晩お前が儀式を行った際に、確実に『何か』が起きていた」
「は──」
「悪いな。勝手に家の外から監視させて貰った。安全確保の名目もあったが、気負って欲しくなかったのさ」
手を上げながら、許せの一言。
人の事をストーカーと呼びながら、当人のやってる事も大概ストーカーである。まぁ、理由が好奇心か保護かで真逆ではあるのだが。
「まだ正体は掴みきれんが、手法としては間違ってない筈だ。すまんが夜鷹、あと二回は頼めるか?」
「……虎穴に入らずんば虎子を得ず。リスクも背負わなきゃリターンにはなりませんからね。了解」
完全に蚊帳の外に追いやられてしまった。
もうこれ二人で進められるんじゃないかな、と思った矢先、鼠から名前を呼ばれてしまう。
「錆猫。お前にも一つ、頼みがある」
どうしよう。
嫌な予感がする。
「別に儀式はやらなくていい。だが、お前の直感も必要だ。って事で──次の夜鷹の儀式の日、お前にも来て貰うからな」
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