四食みの茜(3)
「セキチョウサマ、セキチョウサマ」
真夜中、深夜零時。
自分以外に誰もいない部屋で、呟くように祝詞を重ねる。
「イヤシキコノミモアカネトキセ」
四方に赤紙。正座に合掌。
呪文の間違いは無いように、文字の羅列を丁寧に読み上げていく。
「セキチョウサマ、セキチョウサマ」
……どうしてこうなったのか。
まるで怪しい宗教だ。気でも触れたのかと言われても仕方ない。あまりに挙動が変すぎて、自分で自分の気を疑う程である。
都市伝説そのものは興味があった。ただそれは今までは暇潰しの一環に過ぎなかった。
或いは、確かに刺激を求めたのかもしれない。生きている事が空疎で、そこに転がり込んでくる「何か」があれば良いと思っていたのか。
それでも。
「イヤシキコノミモアカネトキセ」
わざわざその都市伝説に足を突っ込もうとは、今まで一度でも考えた事があっただろうか?
調べるまで。知るまで。だからこそ、それに触れてみようという提案を受け入れた事も、自分の中にあった衝動も、今までの自分では説明できない物だった。
自分の事が理解できない。この感情は一体何だ?
「セキチョウサマ、セキチョウサマ」
だから、もしこの都市伝説が「本物」だと言うなら。
悪感情を食べるという神様がいると言うなら。
「イヤシキコノミモアカネトキセ──」
このわだかまりを無くしてくれと。
心のどこかで、そう念じた。
路地から窓を睨む目が一対。
暗がりに溶け込むように黒いコートを羽織り、目元までフードを深く被るその姿は、端から見ると不審者とも言う。そこから微動だにせず、一点を見つめ続けているというから尚更だ。
「……空気が変わった。って事は『本物』なんだろうが」
歯を噛みながら。
鼠は、小さく唸る。
「実体が見えん。穴と呼ぶにはまだ浅い。何より、この感覚は『損なった』というより……『集まった』か?」
推測と大きく異なる結果。
部屋の主をけし掛けた責任として、万が一への対処が及ぶ様に外で待機していた訳だが、予想していた物とはまるで違う「何か」の感覚を掴んでしまった。
決して外れではないのだろうが、目当てとする物とは根本から異なる。情報はこのまま、推理は一から組み立て直すのが妥当だろうか。
「ま、この様子ならすぐに食われる事はないだろうが。特に夜鷹にはあいつ譲りの免疫がある。……避雷針じゃないが、錆猫よりは適任か」
所感をまとめ、踵を返す。
都市伝説とは違う形で、呪いの言葉を落としながら。
「『兎』。なんでお前、こういう時に限って居ないんだ──」
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