四食みの茜(2)

 流石にこんな場所にまで制服では来ない。

 休日の喧騒。様々な音が混ざり、目的を持って熱中しなければ、五月蝿いだけの雑音しか耳に届かない。

 どこを向いても過度な光が目に毒で、何が楽しくて人はここまで集まるのかと呆れる程に喧しい。

 四方八方、見渡す限りの大型筐体。ゲームセンターの隅で、休憩用のベンチに腰掛けながら。


(……じゃ、なんで私はこんなとこに来てるのかな)


 溜息。

 誰かの癖がうつってしまったかもしれない。元から何かに夢中になる性格ではないのだが、故に刺激的な人の姿は似るものだろうか。


「ねぇ、知ってる? ──あの都市伝説」


 しかし、これは自前の好奇心。

 何も個人の依頼だからとか、お金が出る可能性があるとか、もしかしたら「本物」に出会えるとか、そんな事を期待しているわけではない。多分。きっと。

 何より、ただ「知る」という実感が心地良いのだ。その充足感を得る為なら。


「なんの話?」

「『セキチョウサマ』って言ってね──」


 苦手な人間相手だろうと。

 我慢して、相手取るのも一興だろう。






「『セキチョウサマ、セキチョウサマ』──」

「『イヤシキコノミモアカネトキセ』だろ」


 殺風景な部屋は、先程の喧騒とは真逆。

 声が響いても二人分。比較すれば静かとすら思える場所で、どこか落ち着いてしまう。

 だが、相手の反応のせいで心は決して休まらない。


「なんで知ってるんですか」

「お前より有能な情報源があるからだよ無能猫」


 ソファに体を埋めながら、小柄な男からの静かな罵倒。

 若干の苛立ち。いつかはその不快感も慣れてしまったものだが、ほんの少し期間を開ければこの通り、まるで神経を逆撫でするのが目的かのような言い草に、なんとなく心が傾いてしまう。

 悪人ではない、筈なのだが。


「お前は考える頭も調べる気力も持ってねぇんだ。足回せ。走り回って些事でもなんでもかき集めろ。少しでも何か掴んだらここに来い」


 身体に反して態度が大きい。

 親の顔を見てみたいものである。


「これでもちょっとした知り合い捕まえて、我慢してまで調べた話なんですよ。褒めてください」

「足りん。この十倍は持ってこい」

「ええー……」


 げんなりした。これでも相当に気を張り、他人に等しい友人とのストレスフルな対話の果て、ようやく聞き出した内容だというのに。

 ならばどうすれば良い物か。


「……詰んだか?」


 イエスと答えたら、それはそれで悪い顔をされそうな気がした。

 つい押し黙り、それでは実質的な肯定だと慌てて否定を口にしようとする。が、その一歩前に彼が続けた。


「何も得られないってんなら、俺からの提案だ」


 びっ、と。

 腰の辺りから取り出したのは、未開封の赤い折り紙。

 それを見た瞬間に、何を言いたいのかを理解し──どうしてその発想に至らなかったのかという苦悶と、その手に乗れるという高揚で、頭の中が混乱する。



「やってみようぜ。『セキチョウサマ』をよ」

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