四食みの茜(1)


 雑音が絶え間なく広がる。

 音は他の音とぶつかり掻き消える。


(……何が楽しいんだか)


 通う高校の昼休憩。

 ごはんだけさっさと消化して、一人机に突っ伏して死んだふり。

 元より顔を出したり出さなかったりの立場であるが故に、友人関係にも大概乏しい。休憩時間はいつだって孤独だ。

 そうであろうとしているのは自分であり、ことそれに対する不満の一つもないのだが。


(…………。……)


 わざわざ学校にまで足を運んだ理由はひとつ。

 勉強の為と言えば格好もつくのだろうが、実際にその気は毛頭ない。

 耳を、意識を、雑踏に向ける。いつもくだらない話に花を咲かせる、無数の声から必要な情報だけを拾おうとする。

 平たく言えば、盗み聞きだ。



「そういや最近あのあたりにさ──」

「──帰りにゲーセン──」

「制服変えて欲しい……」

「無料ガチャは明日から?」

「──セキチョウサマって」

「授業だるーい」



 主目的を捉えた。

 意識を傾け、その声を逃さぬよう、目を閉じる。


「話題の?」

「そうそう話題の。なんでも、」


 確信を得る。

 これは「当たり」だと。


「人の嫌な感情を食べる神様の呼び方、だってさ」






「どう思います、鼠さん」


 アパートの一室。

 聞いた内容の全てを、一切隠さずに報告する。

 眼前の男はソファに体を埋めたまま、半開きの口から微妙な音を鳴らしていた。


「やってる事は『こっくりさん』の延長だな……。一人で手を付けられるように改変入ってるが、一般的な降霊術程度で収まってるさ」


 仰向けのまま唸られる。

 ふむ、と顎に手を当て、情報を整理。


「夜に一人の部屋で、四方に赤い紙か布を配置。手のひらをしっかりと合わせて、祝詞を三重。それが──」

「『セキチョウサマ、セキチョウサマ。イヤシキコノミモアカネトキセ』か。よく覚えてんな、夜鷹」


 ほんの少し渋い顔をしてみる。


「……なんでまだそれで呼ぶんですか。ここ、あなたの言う『穴』じゃないでしょ?」

「前も言ったが──街そのものが不安定な現状、保険をかけておくに越したことは無いんでね」


 夜鷹と呼ばれる事自体は嫌ではない。

 ただ、本名から遠く離れすぎて、呼ばれ慣れないというのが本音だ。

 実際名前ひとつで「持っていかれる」例は、彼曰く少ないものではないらしい。自分も半分、そういう物に囚われていたのだ、と話された事もあったが。

 ことそれに関しては全く覚えておらず、しかし妄言と切り捨てるにも謎の悪寒が残り、どうにも消化しきれずにいる。


「取り敢えず、まだ情報収集の段階だな。何かわかったらまた教えてくれ」

「……バイト代請求していいです?」

「歩合制だ。だが今回は未開示の情報だったしなぁ……三千円で小遣いになるか?」


 ソファに食われたまま、鼠は紙幣を三枚突き出す。

 拒否する理由がないので素直に受け取り、会釈を一つ。


「取り敢えず、学校は一通り調べてみますよ。あそこは普通、あなたみたいな人が入れる場所じゃないですからね」


 ひらひらと手を振られ、それを背に退室。

 ふう、と一息をついてから。


「これ……何が分かれば進展になるんだろうなぁ……」


 聞こえないように、愚痴を落としておいた。

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