「そして、街の景色は溶け崩れ」
「『夢屋』は焼いた。『人形街』は自壊した」
アパートの一室。
男が呟きながら、部屋の中を練り歩く。
「『右腕』は解けた。『屋敷』も燃やした」
右に左に。
腰掛けるソファがあるにも関わらず、彼は足を止めようとしない。
溢れる言葉も、止む気配は無く。
「──なぁ。どうしてここまでこの街には『都市伝説』が溢れている?」
くるりと体を反転。
「どっちが先だ。『穴』か『口伝』か?」
また足を転がし、独り言を続ける。
彼以外誰もいない部屋に、一人分の声が広がっていく。
ぶつぶつと。くどくどと。
ただ同じ事を繰り返し独占された空間は、充分な筈の広さが、動きで窮屈にすら思えてくる。
と。
「──ん?」
インターホン。
客人か。しかし誰かを招く性格ではない。
そもそも友人などろくにいない。誰にこの部屋を借りているとも伝えていない。
「…………」
保険の為にチェーンロックがかかっている事を確認。
靴箱の包丁に目をやりつつ、腰の果物ナイフに手を当てる。
──相手が人間だった場合が一番恐ろしい。人間を相手にする時は、自分は非力な人間だ。それだけは決して忘れない。
「誰だ?」
問。
反応は即座。
「お久しぶりです。三日くらい? 『錆猫』ですよ」
目が丸くなる。
どうやってここを、という疑問は数秒で自己解決する。
この女、恐らくストーカーだ。好奇心のままに頭おかしい選択も躊躇なく取るから、もしかしなくてもこの部屋に入る所を見られている。
確信から警告をひとつ。
「事と次第によっちゃ警察を呼ぶ」
「ひどくないですか!?」
嘆息。
彼女を相手に、中途半端な抵抗は無駄だろう。大人しくチェーンを外し、珍妙な客人を迎え入れる事にした。
「……何も無ぇぞ。俺も普段は何もしないからな。そもそも、どうしてこんな所まで来た?」
ソファとテーブル。だけ。
それ以外の家具は何も無い、生活感にも欠ける殺風景な、文字通りの一部屋。
飛び込んで早々、興味深そうに全体を眺めてから、彼女は答えた。
「『猫』は獲物を追うんですよ──『鼠』さん」
ふふん、と得意げな顔をされる。
……頭が痛い。
「ストーキングする猫とか聞いた事ねぇな……」
「で、何の用だ?」
「暇潰し?」
頭が痛い。
暇潰しで堂々と男の部屋に上がり込む女子高生。顔見知り程度で親しいという間柄でもないのに、やはり何か感性がおかしい。
元より、好奇心で都市伝説を漁る女子の感性がまともとは到底思ってはいなかったが。
「……なら、俺の情報収集に手を貸せ。暇なら手伝えるだろ」
だから。
そのまともではない感性と、強すぎる好奇心に、ほんの少しだけ期待してみる事にした。
目が向けられる。錆びついた目。
どこか不気味さすら感じるそれに、敢えて餌を放り込む。
「この街自体が、浅い『穴』のような状態になりかかってる──って言ったら信じるか?」
隠されない驚愕の顔。
恐らく、彼女の頭の中にあるのは「屋敷」──入れば旅館ではあったが、事前調査では屋敷だった──の光景。人によってはトラウマものだが、この女の場合、ちょっとした面白体験で留まっていそうではある。
「……信じろと?」
「信じるかどうかはお前次第だ。そしてそれが原因かと断定はできんが、かなり街そのものに広く穴が開く要素が散らばっちまってる」
思い返すだけで不快感が込み上がってくる。
以前を思えばあり得ない頻度で奔走して、しかし根本的な解決には至らない。砂を噛まされているような、水を掴んでいるような、手応えのなさに苛立ちが募っていた。
だが、それも昨日までの話。
「あまりに異常だったんで、手を借りながら調査をひたすら広げてみたさ。そうしたら──出処不明でなおかつ、局所というにはあまりに広く知られている『都市伝説』が見つかった」
恐らく、これが根源。
この根を断てば、ようやく面倒事から開放される。
その鍵を彼女が握っていれば、あっという間に一件落着だ。これ程までに楽な事はない。
リスクのない、リターンのみの賭け。ここで一石を投じない理由がどこにある?
「なぁ、錆猫。──『セキチョウサマ』って知ってるか?」
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