【Appendix.元兄より思慮深い兄となった元妹の秘密日記】
あの日──僕たちの首がすげ替った日以来、お兄ちゃん──“双芭”は、自分がかつて“俊章”であったことを、極力思い出さないようにしているようだ。
いや、「意識して」というより、厄介事を嫌う性格上、単に周囲の環境に流されているだけかもしれないけど。
もっとも、それで特に不都合があるわけではなく、むしろ、僕が“双芭”であった頃より、明らかに女子中学生として充実した毎日を送っているのだから、まぁ、結果オーライというヤツなのだろう。
かく言う僕自身、「市内で平均程度のランクの高校の男子生徒」という今の身分は、実は嫌いじゃない──というか、相当気に入っている。
“双芭”だった頃に女友達がいなかったわけではないが、それでも日に日に女らしさを増していく自分の身体や、社会的な要求に対して、どこか不満に思っていたのも事実だったから。
どうやら、僕は、軽度ながら「GID(性同一性障害)」というヤツだったらしい。
そんな僕にとって、六路家の長男という立場を手に入れられたことは、僥倖以外の何物でもなかった。
僕は、とっくに、このまま、六路俊章として生きていく覚悟を決めている。クラスメイトの新藤玲子さんに、つい先日、告白してOKをもらったばかりだし。
──しかし、だからこそ、今のこの状態が、唐突に終わりを告げられたりしたら困るのだ。
そこで、僕はこの状態になった理由を色々調べてみたんだ。結果、僕らの身に起こった現象の、納得できる仮説を組みあげることはできた。
おそらくだが、コレは僕らの家系の“体質”に由来するのだ。
祖父──父さんの父親は、次男だったため、家から独立して都会に出て、そこで新たな家を築いたのだが、曾祖父の代までたどると、僕らの家系は甲州のとある田舎の村の大地主が本家になっている。今でも、冠婚葬祭程度の付き合いはあるようだ。
先日の連休に、適当な理由をつけて、その本家に泊めてもらった僕は、蔵の中に眠っていた古文書(と言っても、せいぜい江戸中期以降のものみたいだが)らしきものを解読して、六路家が、その名の通り“ろくろ首”の血を引いているらしいことをつきとめた。
ろくろ首と言っても、怪談やテレビのコントによく出て来る、「首が伸びる」タイプではなく、「首が抜けて頭部が飛び回る」タイプの妖怪の方らしい。
もっとも、先祖に妖怪がいたとは言え、すでにその血はだいぶ薄まり、古文書が書かれた当時でさえ、数世代にひとりかふたり、先祖返りで首が抜ける人間が生まれる程度だったらしい。
それも大半が、心と体が不安定になる、思春期のごく一時期に、夜寝ている間、時折首──というか頭部が身体から抜けて、家の中を彷徨う程度(もっとも、意図的にそれを行える人もいたらしいけど)で、成長すれば、それも大概は収まるものらしい。
そして、ここからが仮説なのだが……おそらく、あの夜、僕と“双芭”──元兄は、何と言う偶然の一致か、同時に、先祖の血に目覚めて、頭部が身体を離れたのだろう。
そして、夜が明けて元に戻る際、何らかの手違いか、単なるミスかは不明だが、僕の首は六路俊章の体に、あの子の首は六路双芭の体に接合した。
いくら、ろくろ首でも、他人の体を勝手に動かせるのか、という疑問はあるが、実際僕らが何の支障もなく生きて活動している以上、「できるらしい」としか言いようがない。
おおよその理由と理論が分かったことで、一応、その(元に戻らないようにするための)対策も取ることができた。
ろくろ首の頭部は(少なくとも体から離れている場合は)、ある種霊的な存在に変化しているらしい。だからこそ、壁抜けし放題で、ドアが閉まっていようと鍵がかかってようとお構いなしなのだが……逆に言えば、「霊的な障壁は抜けられない」のだ。
とあるツテで知り合った、霊能者(正確には、むしろ半妖というほうが正解らしいけど)からもらったお札を、自室(もちろん俊章の部屋だ)の四方に貼り、簡易的な結界を張る。
同様に、双芭がいない隙を狙って、妹の部屋にも同様の処置をしてある。
これで、万が一、寝てる時に首が抜けても、部屋から出られずオロオロするだけのはず──もっとも、僕は自分が「ろくろ首の血族」であることを知ってしまったから、無意識ではなく意識を保てるかもしれないけど。
古文書によれば、先祖返りした人達も、成人するころには大半が、その力を失ったみたいだし、とりあえず双芭が高校を卒業するまで、この処置を続けていれば問題ないだろうしね。
<終>
首替奇譚 -兄(オレ)が妹(アイツ)で、妹が兄で- 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます