第54話 待っていた
船着き場は今日も、ごった返している。
やがて小舟がやってきて、一人の男が降り立った。
やっと来たか。
洋二は、そちらへ一歩進み出た。
兄の壮一が、無言で近づいてくる。目が合って、
「待ってたぜ」
洋二は壮一に声をかけた。
最後に会った頃とは別人のようだ。頬がこけ、落ちくぼんだ目がギラギラしている。
壮一が繁華街に車で突っ込み、五人を刺殺したのが十五年前だ。死刑判決は出たものの、なかなか執行はされず、マスコミに追い回され追い詰められ、洋二は自死した。それからでも十年近くがたっている。
壮一は獄中で本を書いて出版したが、編集者は、
「これでは、なぜ事件を起こしたのかが分からない」
と言ったそうだ。
だが、洋二には見当がつく。
「母さんのせいなんだろ」
洋二は壮一に詰め寄ったが、
「あいつの話はよせ」
顔を背け、低い声で答える。
やっぱりな、と洋二は思った。
母への復讐なのだ、だから母の誕生日に事件を起こした。
壮一と洋二は二歳違いの兄弟だが、昔から仲が良いとは言えなかった。粘着質の壮一と、細かいことは気にしない洋二。同じ家庭に育ったが、親しみはわかなかった。
特に事件の後は、自分たちは血のつながった他人だと思うことが多くなった。
だが世間は極悪人の弟として、人間扱いしなかった。
洋二は天国に行ける身ではあったが、もやもやを抱えたままでは、と、壮一を待つことにした。
会ったら、あれも言おう、これも言おうと思っていたのに、いざとなると、何も出てこない。
恨んでる、とか、おまえのせいで俺の人生は、とか、地獄に落ちろ、とか。
洋二はおかしくなって、くすくす笑った。
壮一が地獄行きなのは、とっくに決まっている。
足が河原からわずかに浮いているのを、洋二は感じた。このまま体は勝手に浮上していき、天国とやらに到達するのだろう。
「あんたの行き先は、あっちだぜ」
洋二は、壮一の前方を指さした。
壮一は無言で頷き、そちらに歩みだす。
自分たち兄弟を虐待した母、それを止めなかった父も、首を長くして壮一を待っているだろう。
【あとがき】
本編は、「第33話 ハイエナ」の関連作です。
よろしかったら併せてお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/16816452221349749672/episodes/16816927859608769171
法螺、ホラー、ついでに昔話 チェシャ猫亭 @bianco3
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