第53話 五郎

 秋の週末。低山登山に来たりょうは、下山の途中、道に迷った上に、スマホを落としてしまった。

 困惑しながら歩いていると土砂崩れの跡に、赤い鳥居が埋もれていた。先週の水害のせいなのか。

 秋の日暮れは早い、急速に暗くなる空、不安になった時、笛や太鼓の音が聞こえてきた。

 秋祭りか、と、近づいていくと、目の前に絣の着物姿の、素朴な感じの少女が現れた。

「どうしたの?」

「道に迷ったみたいで」

「じゃあ、うちの村に泊りなよ」

 いいのかな、と思ったが、野宿するわけにもいかず、好意に甘えることにした。

「僕は亮、大学生。君は?」

「あたしは、五郎ごろう

 ゴロウ。女の子なのに五郎。詮索するのも悪いので、よろしく、とだけ亮は言った。五郎は13歳だという。

 明日が村祭りで、若い衆が笛太鼓の練習中だと五郎は教えてくれた。


 五郎の家は茅葺屋根の古い家だった。

 家族は祖父母だけ、両親は五郎が小さい頃に亡くなったそうだ。

 祖父母は亮を歓待してくれた。

「明日は夏祭りだから、楽しんでいってください」

「はい」

 何か変だ。

 もうとっくに秋だ、祭りなら秋祭りだろう。

 そういえば五郎は浴衣みたいに薄い着物姿だ、いくら若いからって、浴衣に下駄では寒いだろうに。


「起きて」

 うとうとしかけた頃、五郎が亮をゆさぶり起こした。

「どうしたの」

「逃げて。みんなが来る」

「みんな?」

「あたしも手伝わないといけないの。でも、亮のこと好きになっちゃったから」

 走りながら五郎が言う。

 逃亡に気づいた村人が大勢、追いかけてくる、鋤や鍬を振りかざす者もいた。

 息が切れる。もう走れない。

「あと少しよ、あの鳥居まで行けば大丈夫」

 視界に大鳥居が入ってきた。

「五郎は?」

「あたしはいいの、急いで」

 村人の前に立ちふさがるように、五郎は両腕を広げる。

 亮はどうにか鳥居に辿り着き、中に飛び込んだ。

 その刹那、轟音と共に山が崩れた。


 亮が迷い込んだ村は、明治の中頃、深層崩壊で全滅していた。山は2メートル以上の深部から崩れ、信じられないほどの崩壊土塊に呑まれた村は、巨大な墓地と化した。

 犠牲者の慰霊のために小さな神社が建立されたが、先日の土砂崩れで鳥居ごと埋もれていた。


 五郎は御霊ごりょうに通じるという。

 ありがとう、五郎。僕を救ってくれたんだね。

 深層崩壊の跡地に向かって、亮は静かに手を合わせる。

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