第52話 レントゲン

 赤ん坊は頭部から生まれてくる。子宮内では頭を下にして丸くなっている。

 時が満ちれば、胎児はゆるやかに回転しながら産道を進む。頭蓋骨のてっぺんは空いており、肩関節も一時的に外れる。少しでもスムーズに産み出そうという人体の神秘。

「鼻からスイカ」と形容される出産の痛みに、男性は耐えられないらしい。


 牛の出産ドキュメントで、足から出てきました、なんてのがあり、難産で大変になるが、人間の場合もそうだろう。

 昔はエコー検査もなく、胎内の様子など窺えない。頭が上を向いている逆子は、生まれるまでにマッサージで位置を正す。


 私は逆子だった、証拠のレントゲン写真が残っており、中学生の頃に母が見せてくれた。

 紙袋から出てきたのはA4大、頭を上にして胎内にちんまりと収まっている私。目は開いていたのか、黒い穴みたい。手足は細く、いわゆる普通の胎児だ。

 これがお前だと言われてもピンとこなかったが、そうですか、と応えるしかない。

 その後、マッサージで体勢を変えたのか、に関しては聞いていない。


 妊婦のお腹にレントゲンをかけるなんて、今ならとんでもない話だ。

 両親が病院勤務だった関係で記念に、なのか、極秘流出なのかは不明だが、被写体である私は、しかと胎内の自分を確認した、それだけは事実だ。


 また見る気にもならず二度と開封されず、レントゲン写真は押し入れの天袋に納まった。

 実家は20年前に売却、普通は家財一式を処分すべきところを、何故かそのままでよいことになり、正直、助かった。


 あのレントゲン写真はどうなったのか。

 新しい家主は中身も確認せず他の大量の写真と共に捨てただろうが、もしかして。売主一家の昔の写真に興味を持ち、一枚一枚眺めたとしたら。いきなり胎児のレントゲン写真が出てきて腰を抜かしたのではないか。

 そんなことを想像すると、申し訳ない気持ちになる。

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