第33話 ハイエナ

 帰り際、店の裏にイヤな目つきの男がいた。

「藤田さんですね。お兄さんの死刑確定について、お話を伺えませんか」

 洋二は全速力で走り過ぎた。

 またバイト先を変えなければ。

 兄の壮一の不機嫌そうな顔を思い出し、洋二は嘆息する。

 三年前。

 壮一が通り魔事件を起こし、五人をあやめて以来、洋二の人生は狂わされてしまった。事件を知って即、仕事をやめた。雇い主は、

「なんで君みたいないい奴がこんな目に」

 と言ってくれたが、迷惑をかけるわけにはいかない。恋人の美奈にもサヨナラとだけ告げて別れた。

 以来、職を転々とし、引っ越しを重ねた。新しい職場に慣れ、信頼を得て同僚と打ち解けた頃になると必ず、マスコミが嗅ぎつける。事件以来、洋二の心が休まることはなかった。


 両親、特に母親は洋二たちに厳しく当たった。アニメなどのテレビはほとんど見せてもらえず、勉強勉強と追い立てられた。テストの点が悪いと、テーブルの下に新聞紙を敷いて犬のような格好で食事させられた。

 成長するにつれ、両親が疎ましくても、やがては家を出ていくのだと、洋二はあまり気にしなくなったが、粘着質の壮一は違ったようだ。特に大学受験に失敗して非正規で働くようになってからは鬱屈を深めていった。そして、ついにあの事件を。

 犯行当日は母の誕生日だ、よほど母への恨みがあったのだろう。父も同罪かもしれない。

 しかし弟の俺はどうなる。兄と同様、親からひどい扱いをされ、それでも真っすぐに生きようと努力してきたのに。

 両親は離婚。母は精神を病んでいると聞くし、田舎の親類も皆、大迷惑だ。


 洋二は仕方なく別のバイトに就いたが、今度はアパートの前で、先日の男に待ち伏せされた。どうにか逃げおおせたが、またもや引っ越さなくてはならない。

 同様のことが更に何度か続き、洋二は疲れ果ててしまった。

 しかばねの臭いを嗅ぎつけるハイエナのように、マスは、何処までも追ってくる。どこに越しても、何度バイトを変えても無駄だった。


 さらに数年がたち、洋二は、やっと気付いた。

 ハイエナなんて生易しいモンじゃない、奴らは死神だ、地の果てまでも追ってくる。

 最近はアパートを契約する金がなく、ネットカフェを転々としている。

 もうダメだ。

 洋二は覚悟を決めた。ビルの屋上に出て、フェンスを登る。

 さぞ満足だろうよ、ここまで俺を追い詰めて。

 哄笑する死神の腕の中へ、洋二は身を躍らせた。

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