第32話 弟の椅子

 こけしが人気、らしい。

 若い女性によるこけしコミックエッセイ本を読んだけど、限りなく「?」マークが浮かぶだけ。

 なんで、こけしなんかが好きなの、と不可解だ。子供の頃、家にこけしはあったけど、可愛いともなんとも思えず、私には、つまらない玩具だった。私は華やかなフランス人形や着せ替え人形が好き。手も脚もない、木製ののっぺりした玩具には関心をもてなかった。


 今の部屋に越してきて、近所に不思議な喫茶店を見つけた。窓辺に各地のおみやげらしき木製の人形と、こけしが飾ってある。中には所狭しと、同様のものが置かれ、モノの密度が高すぎる。酸欠になるのではないか。一度入ってみようと思いつつ、おどろおどろしい雰囲気が怖くてダメ。経営者は高齢の女性ふたり、早くしないと閉店してしまうよなあ、とぼんやり思ううちに、ついにその日が来た。

 半分壊された店内に、まだこけし類が見えている。ただの解体ではない、堆積したモノが多すぎて、トラックも往生しているように見えた。やがて更地になり、つるんとしたマンションになってしまった。


「こけし」は「子消し」ではないのか、とどこかで読んだ。なるほど間引きした子、された子のために、こけしを作ってその霊をなぐさめるのか、と勝手に想像していたが、どうもこれは都市伝説めいたもので、資料や裏付けが全く出てこないのだとか。

「間引き」は、かつて愛読した寺山修司のエッセイによく出てきたが、現在では野菜等の間引き以外、耳慣れなくなっている。


 今も忘れられない寺山の短歌。


 間引かれしゆえに一生欠席する

 学校地獄の弟の椅子


「一生欠席」。不在感が凄い、何せ生まれてこられなかったのだから。「学校地獄」は、地獄と言うには静かすぎる、誰もいない校舎だろうか。

 逢魔がとき、薄暗い教室にぽつんと置かれた古びた木の椅子。この歌を知ってから数十年、私の中に居座り続けている。

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