第31話 年明け蕎麦
順子は一人暮らし、そろそろシニア世代に突入だ。今年も無事に新年を迎えたが、年越しそばを食べ損ねた。
毎年、大晦日の昼は、温かいそばに決めているが、去年は乾麺をゆでるのが面倒になり、トーストで済ませてしまった。やはりゆで麺を買っておけばよかったか。でも、まさか乾麺をゆでるのが面倒になるとは思わなかったし。
最近は年明けうどん、というものが定着しつつある。うどんがそばになったっていいじゃないか、と順子は居直った。
そばを大晦日に食べないと、何か悪いことがあるの?
もともと順子の田舎に年越しそばの習慣はなかった。大晦日の昼のニュースで、蕎麦屋がにぎわう映像が流れ、東京ではそういう習慣があるのか、真冬にざるそばか、と、想像するだけで寒気がした。この季節、順子の故郷は雪に埋もれる。
元旦の昼にそばを食べた後。
順子は「年明けそば」で検索したが、ヒットするのは「年越しそば 年明けうどん」のセットばかり。年明けにそばを食べることで、特に差し障りはなさそうだ。ただ、そばに関して、何かおぞましい落語があったことが思い出されてならない。
「体がそばになる落語」で検索すると、「そば清」だと判った。
そばを食べすぎた男が、ある事情により「そばが羽織を着ている」姿になってしまう。
以前は、頭、腕、胴体。そばで出来た体が羽織を着ている姿を思い浮かべ、ぞっとしたものだ。しかし、考え直してみると。そばが入っていたのは胴体部分だけ、呑み込んだそばの間に羽織がある状態ではないのか。
どちらにせよ、体は溶けてしまっている。なんとも恐ろしい落語があったものだ。
せっかく年明けそばで温まったのに、「そば清」のおかげで、順子の体はすっかり冷えてしまった。
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