第30話 サンタは街にこなかった
今夜はクリスマスイブ。
来年で四十になるのに彼女もいない、寂しいもんだよ。
相変わらずクリぼっちの直人は仕事帰りに、見知らぬバーにふらりと入った。
「いらっしゃいませ」
声も顔も陰気くさいマスターだ。
カウンターだけの店内には、白髪の客がひとりいるだけ。
「メリークリスマス。良かったら一緒に飲まんかね」
「はあ」
孤独な老人の話し相手も社会奉仕、クリスマスらしいかな、と、直人は彼の隣に腰を下ろした。
「わしはね。これでも昔は将来有望な司会者だったんだよ」
「そうですか」
老人は東野と名乗った。
実績などゼロだった東野。始めはどこにも相手にされなかったが、次第に軽妙なしゃべりが人気を呼び、ある冬、ビッグチャンスをつかんだ。有名テレビ局の全国放送。イブの夜のバラエティ番組の司会を任されたのだ。
歌やコントの進行を軽やかにこなしていく。CMの時間にはプロデューサーから、
「すごくいいよ、この調子で頼むよ」
ぽんと肩を叩かれた。
いよいよクライマックス。
大晦日の歌番組のトリを何度も務める歌姫・ア―シャが「サンタが街にやってくる」を歌うことになっていた。
失敗は許されない。何日も前から、東野は特訓していた。
サンタ、サンタ、サンタ、サンタ、サンタ。
サンタが街にやってくる。
うん、完璧。失敗しようがない、パーフェクトだ。
真っ赤なロングドレスのアーシャが、スタンドマイクに近づく。
「お待たせしました、ではアーシャさんに歌っていただきましょう、『サタンが街にやってくる』!」
スタジオの空気が凍り付いた。慌てて「サンタ」と言い直したがもう遅い。プロデューサーは激怒し、東野は二度と表舞台に出ることはできなかった。
「昔からカタカナに弱くてね。レンガをガレン、マントをトンマ、なんて言ってしまう妙あ癖があるんだ。仕事で失敗したことはなかったんだがね。あんな大事なところで失敗するとは」
あれで自分はすべてを失った。東野は自重するように笑い、ストレートのバーボンを一気にあおった。
気の毒に、と直人は思った。同じクリぼっちでも、俺なんかまだマシな方だな。
ふと冷たい視線を感じた。
口の端を歪めたマスターの顔は、なんだか悪魔が笑っているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます