第29話 工事中


「行ってらっしゃい」

 明美は、母の典子が散歩に杖をつきながら出るのを見送った。

 居間に戻り、友人の公子と再び、おしゃべりを始めた。

「お母さん、元気そうじゃない」

「うーん、そうなんだけど。もう八十だしねえ」

 それに、認知症は確実に進んでいる、と、明美はため息をつく。

「こないだなんか。服を買ってあげるって、くれたのが三百円だよ。三百円で何が買えるのよ」

「ずれてるんだね、記憶が」

 その金額で服が買えたのは数十年前だろう。今なら靴下一足がせいぜいだ。


 自宅から出たとたん、典子は道路工事に出くわした。仕方なく右に折れて別の道に出ると、またもや工事中。

 どうしてこんなに工事が多いの? ああ、イライラする。

 典子は、道路工事が苦手だ。自分の行く手を阻まれている気がしてならない。道くらい好きなように歩きたいから、工事中、の看板が見えると即、別の道に回る。

 もう一度、右に曲がると、どうしたことか、そこも工事中なのだ。警備員が、どうぞ、と言うように仮の通路を示す。そんなことにすら腹が立つ。

 嫌だ、私は自分の行きたい道を行くんだ。

 典子は、再び別の道を探したが、行く先々で必ず工事中。やむなく、いつもは避けている坂道を登りだした。

 ここはどこ?

 いつの間にか、典子は山中を歩いていた。

 脚が痛い、もう歩けない。



「お母さん、まだ見つからないの?」

「うん」

 公子の問いに、明美は浮かない声で答えた。

 あの日、典子は散歩に出たっきり、暗くなっても戻ってこなかった。捜索願を出したものの、手掛かりは全くなく時間だけが過ぎた。

 下着に名前を書いておけばよかった。それで身元が分かる人もいるって聞いた、と明美は嘆く。

 母の典子が行方不明になってから、半年が過ぎていた。



 ようやく頂上につくと、眼下には、なつかしい風景が広がっている。子供の頃に住んでいた村だ!

 嬉しくなって、典子は走り出す。足は少しも痛くない、杖を投げ捨て、丘の斜面を駆け下りた。

「聡子ちゃん、ミキちゃん!」

 仲良しの同級生が、向こうで手を振っている。

「ひさしぶりだねえ、ふたりとも」

 笑顔で声をかけると、

「何言ってるの、のりちゃん」

「今日も学校で会ったじゃない」

 聡子もミキも、にこにこしながら言う。

 そうだっけ? まあいいや。

 一面に広がるシロツメグサ。

「花かんむり作ろう!」

「四葉のクローバーも探そう」

 聡子たちと一緒に、典子は元気に走りだした。

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