第28話 穴二つ掘れ
駅を出たら右に行き、ケーキ屋の横で右折。少し先を左折すれば、すぐに下宿の入り口だ。四畳ほどの部屋が三つある一軒家で、向かいに大家さんが住んでいた。駅から近くて便利だが、左折の前に、目に入れたくない家がある。なるべくそちらを見ないように、速足で取りすぎたものだった。
どれほど恨みを買っているのか、引き戸の門扉、塀の至る所が罵詈雑言で埋め尽くされ、あちこちに朱赤の墨汁がひっかけられている。絵巻物で見た、斬首された武者から噴き出す血の色だ。
詳しい内容は不明だが、一方的に住人を責めているのは明らかだ。きちんと読みたいが、そんなことをしたら悪いものが移りそうだし、読んでいるのを見られたくない。前を通る度に気が滅入った。
どんな事情があるのか大家さんは知っているだろうが、尋ねるのははばかられた。
家をあんなふうにされて、持ち主はどうしているのか。人の気配はしないし、転居したのだろう。おそらく誰の仕業かも分かっている。警察に通報、相談、あるいはすでに裁判になっているのかもしれない。
「人を呪わば穴二つ掘れ」という。
「人を呪うと、呪った相手と自分のために二つの墓穴を掘る必要がある。人を陥れようとすると、自分も同じ目に遭う」ということらしい。
怨念を書きまくった人物は、そのことを知っていたのか。考える余裕もなく、ただただ憎くて、突っ走ったのか。
現在では陰湿な苛めや誹謗中傷はネット上に蔓延しているが、そこを覗かない限り何も見えないし感じない。
あの家は、前を通るだけで邪気が伝わってきて、言い知れぬ不快さだった。京都を離れて数十年たっても、あの嫌な感じをリアルに思い出してしまう。
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