第27話 自由
中学校に行く途中。川には古い橋が架かっていた。
秋のある日、大雨で地域の住宅が多数、浸水した。橋はなんとか残ったが、登校時、道の両側に冠水した家具が並べてあり、なんともせつなかった。
卒業後、川幅が広げられ立派な橋が架けられたが、そちらに用事がなくなり、ほとんど渡らなかった。
高校生になった私は、母と買い物をしていた。
と、
「M田先生」
ジャージ姿の男性に母があいさつした。私にも、弟がお世話になっている体育の先生、と紹介してくれた。
小柄だがかっちりした隊形で、いかにも体育教師という感じ。シャイな笑顔に好感が持てた。
四十近いけど独身だと聞いたが、その後、結婚されたそうで、よかったなあと思っていた。
町を離れて数年後、信じられない話を聞いた。
あのM田先生が、実の母親を
せっかく結婚したのに、奥さんは先生の母親と折り合いが悪く、家を出ていき、結局、離婚。
母一人子一人で育ち、恩義ある母親を優先してしまったのか。
犯行後。先生は、俺は自由だ! と、新しい橋の上で叫んでいたという。
M田先生。確かにあなたは自由だった。
妻を選ぶ自由、母を二番目に扱う自由が、あったはずだった。
いつまでも母親に縛られてはいけない、奥さんの味方にならなくては。耐える妻もいるだろうが、見切りをつける妻も多い。
母親と別居する手もあったはずだが、数十年前の田舎町のこと、親と同居が当然、たった。
M田先生は母を思って別居できず、結果、大切な奥さんを失ってしまった。
その怒りの果てに、凶行に及んだのか。
「俺は自由だ!」
橋の上で叫ぶM田先生を思うと、今もやりきれない気持ちになる。
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