二巻発売記念番外編・薔薇色の初恋
『白薔薇騎士団』
アースガルドが誇る女性騎士団の総称である。
騎士団の扉は平民、貴族、関係なく開いているが、白薔薇騎士団に所属しているものは、大半が下級貴族か平民である。
騎士となれば体も強くなるよう鍛えるし、怪我なども日常茶飯事となる。
何よりも清く美しく、たおやかであろうとする高位貴族の令嬢たちが騎士への道を望まないのは、ある意味当然のことでもあった。
もちろん王妃や王女を身を挺して守ろうとする彼女たちを素晴らしいとは思うし、同じ女性としてかっこいいと思う気持ちはあるが、それはそれ、これはこれ。
侯爵令嬢であるセシリアも、その一人であった。
彼女はその日、婚約者であるバードルディ家次期当主、ジオルド・バードルディを尋ねて城に赴いていた。
次期宰相とされる彼との婚約が決まったのは十歳の時。
政略の絡むものではあったが、誠実で優しく、自分のことをとても大切な宝物のように扱ってくれる彼のことを、セシリアは確かに愛していた。
彼と育んでいく穏やかな愛が、とてもいとおしいもののように感じていた。
彼女の陶器のように美しい白い手の中には、大事そうに抱えられた小さな包みがひとつ。
お菓子作りが得意なメイドに教わって作った焼き菓子が包まれている。
ちょっぴり不格好で、ちょっぴり焦げ目がついてしまったが、メイドからの合格点をもらえたセシリア渾身の作である。
どうしてもこれを彼に食べてもらいたくて、セシリアは彼が勤めている城までやってきてしまったのだ。
「勢いで来てしまったけれど……、仕事の邪魔だと怒られはしないかしら……」
そんな不安が胸に渦巻きつつも、手作り菓子を彼に直接食べてもらいたいという乙女心に歯止めは効かない。
「お嬢様、到着いたしましたよ」
そうしている間に、馬車は城の中へと入っていた。
御者の言葉に意識を引き戻したセシリアは、ドレスのシワをパパッと直し、きっちりと結い上げた髪を飾る綺麗なアイスブルーのリボンをチェックする。
愛する彼の瞳の色と同じこのリボンは、セシリアのお気に入り。彼に会う時はいつもこのリボンをつけていた。
包みを受け取った彼はどんな顔をするだろう。
その瞬間を思い浮かべるだけで鼓動が高鳴る。
期待に胸を膨らませながら、セシリアは御者が開けてくれたドアから外へ出ようと足を進め。
「……きゃっ!」
その途中で足をもつれさせ、バランスを崩してしまった。
咄嗟に馬車の手すりを掴み、転倒することはかろうじてふせげたが、その衝撃が刺激となってしまったのか、馬車に繋がれていた馬が激しく嘶いて暴れだしてしまう。
「きゃあぁあぁぁーーーーっ!!!」
「お嬢様‼」
馬車が大きく揺れ、掴んでいた手すりからセシリアの手が離れる。
「――――……っ‼」
開け放たれた扉から放り出されるようにして、体が宙に浮いた。
地面に叩きつけられることを覚悟し、瞳をぎゅっと閉じ思わず身を固くする。
だが、次の瞬間セシリアが感じたのは、叩きつけられる痛みなどではなく。
強い力に引き寄せられ、包み込まれる感触と、鼻をかすめる甘い薔薇の香りだった――――。
「危なかったわね。大丈夫?」
恐る恐る顔を上げると、鮮やかな薔薇色の髪を揺らす、騎士団の制服に身を包んだ女性の姿。
セシリアの体をしっかりと抱き止め、綺麗な笑みを浮かべている。
その女性は、あっけに取られて何も言葉を発することがでずにいたセシリアの体を優しく立ち上がらせると、怪我がないかを確かめるように視線を滑らせ、問題ないことを確認すると、また綺麗な微笑みを浮かべる。
「怪我はないようね。でも、髪が乱れてしまったわね……」
「あ……」
視界の端で乱れた毛先が揺れる。
彼に会うために、時間をかけて整え、綺麗に結い上げていたのに、乱れてしまった。
(……どうしよう。……こんなみっともない姿、見せられない)
セシリアの目にじわりと涙がにじんだ。
馬車から転げ落ちかけた恐怖と、今の自分のみっともない姿の恥ずかしさ。それが一気に押し寄せてきて、セシリアの涙腺を強く刺激する。
「あらあら、大丈夫よ。泣かないの」
そんなセシリアをなだめるように、女性は優しく肩を撫でると「ちょっといいかしら?」と一声かけ、アイスブルーのリボンを解いた。
まとめていた髪がふわりとほどけ、少し癖のついた髪が風に揺れる。
女性はそのまま、器用な手付きでセシリアの髪を整えると、リボンを再度結び直した。
「あとは……」
女性は細い指を口元にあて、しばらく思案すると、自分の隊服の胸ポケットに飾られていた薔薇の花をさっと引き抜き、そのままセシリアの髪にそっと飾ると、満足気に笑った。
「うん、可愛いわ。あなたはとても愛らしいから、きっちりした髪型よりもこっちのほうが似合うわよ」
セシリアの長い髪が風に揺られてふわりと踊る。
きっちりと結い上げられていた髪は、女性の手によってふんわりとしたハーフアップへと変えられ、仕上げにと飾られた紅い薔薇の花が、まるで花の妖精のような印象を醸し出していた。
「……っ」
ストレートな言葉にセシリアの頬が、かぁっと熱を帯びる。
これは羞恥? よく分からない。
「ぁ、あの、……ありが……」
「隊長!」
「ローダリア様! 大丈夫でしたか⁉」
「ええ、なんともないわ」
戸惑いながらも礼を口にしようとしたセシリアだったが、後ろから慌ただしく駆け寄ってくる騎士団員の大きな声によって、その言葉はあっさりとかき消されてしまった。
女性……、“ローダリア様”と呼ばれたその人は、団員たちに向かってひらりと一度手を振って応えると、そのままもう一度セシリアに視線を戻し、優雅に腰を折って会釈した。
「では、ごきげんよう。可愛らしいお嬢さん」
そう言って、くるりと踵を返し、団員たちとともにその場を去っていく。
「…………」
その姿を、セシリアはボーっと眺めていた。
どこまでも美しく、鮮麗された仕草。キリッとした眼差し。力強い腕。
まるで、絵本の中から飛び出してきた王子様のような……。
「――――――〜〜っっ!!!」
セシリアは全身が沸騰したお湯のように、熱く煮えたつのを感じる。
生まれて始めての感覚だった。鼓動が高鳴り、胸が脈打つ。
ああ、心臓とは、こんなにも激しく動くものだったかしら……?
「……ローダリア、さま」
その名を呟くだけで幸福を感じる。
セシリアはこの日、穏やかに育む愛ではなく。
激しく身を焦がす、恋のときめきを知ったのだった――――――……。
***
「というのが、私とローダリア様の運命の出会いなのよ〜〜!」
「さすがお師匠様! なんて素敵カッコいいの! でもお母様、そのお話これでちょうど50回目よ?」
「いいじゃないのセシル、ローダリア様の素敵話は何度聞いても!」
「もちろんそのとおりですけど〜!」
きゃっきゃっと黄色い声を弾ませながら、セシリア・バードルディ公爵夫人は娘のセシルとお茶を楽しんでいた。
そんな彼女の髪には紅い薔薇を模した髪飾りが飾られている。
あの運命の出会いの日以来、セシリアは紅い薔薇の髪飾りを愛用し、髪型もゆるふわであることにこだわった。他をためそうなどという気持ちは小指の先ほどもわかなかった。
婚約者であるジオルドに勧められても、だ。
「ローダリア様が似合うと言ってくださったのよ? 他なんて考えられないわ」
「分かるわお母様。私もアヴィにそんなこと言われたら一生それを貫き通す自信しかないもの」
「ローダリア様に出会って私の世界は変わったの。日常がいつもより鮮やかになって、同じ空の下であの方が頑張ってお役目を果たしているのかと思うと、たとえ嫌なことがあっても、私も頑張れたのよ」
「お母様、そういうのを“推し”と言うんです」
「おし?」
「そう。推しとはすなわち、生きる活力! 命の源! 世界の中心! それが推しなんです!」
「まあ、なんて素敵な言葉なのかしら!」
きゃっきゃ、きゃっきゃ。
母と娘の楽しげな笑い声が、暖かい午後の日差しが射し込む部屋の中に響く。
「……」
「……」
そんな女性陣を横目に、同じテーブルで同じくお茶を飲んでいた男性陣、ジオルドとウェルジオは光の消えた虚ろな瞳で思う。
((
そうして微かに痛みを訴える胃を同時に擦るのであった。
――――――――――――――
セシリア
セシルとウェルジオの母。ジオルドの妻。
最近一番嬉しかったことはローダリアの娘が将来自分の娘になる可能性が高いと知ったこと。
悲鳴を上げて喜んだ。つまり近い将来私はローダリア様と家族に……⁉
ちょっと息子! あなた本気で頑張りなさいよ⁉
アヴィリアとローダリアが顔をだしたセシルの誕生パーティー(一章参照)では部屋に引きこもってた。
「だってローダリア様とその娘様が一緒の空間にいるなんて、鼻血だして倒れる自信しかなかったんだもの!」
セシル
「分かるわお母様!」
母との推し語りは今日も楽しい。一緒に大好きなあの方との素敵未来を考える毎日。
ウェルジオ
「……分からん」
今後母からもあれこれせっつかれるようになる。胃が痛い……。
ジオルド
「……分からん」
若い頃、一番のライバルは親友(ロイス)の想い人だった。複雑。
作者
遅ればせながら、書籍2巻発売記念の番外編です。
設定だけは作ってたくせに本編にまっったく出てこなかったセシルとウェルジオのお母様。
ローダリアママのモンペ。母娘ですね。
【書籍1、2巻、発売中‼】ライセット! 〜転生令嬢による異世界ハーブアイテム革命〜 蒼さかな @Aoi-Sakana
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