5 目覚める能力と謎の男

 王都からどれほど歩いただろうか、筋肉痛で足がまともに動かないってのに、またあの距離を歩くと考えたら、魂が抜け出ちまいそうだ。

 王都から出てずっと山は見えていた、そしてもうすぐ山のふもとに着く。


「またあの山賊がいたら面倒だし、今日は下道を行くわよ」

「えっ」


 下道って、山道より長いんじゃ・・・・・・まぁ、負担が減るだけマシか。

 

 そして麓から山へは入らず下道を歩いていく。

 

「ちょっと休憩しないか?」

「そうね、ここら辺で一度お昼にしましょ」


 しばらく歩き続けてお腹が空いたから、マリンと昼食を摂ることにした。

 俺は近くに流れてある川へ行き、昼食用に買ってあった野菜やグエを念入りに洗った。

 グエの内臓や血抜きはあらかじめ店に処理してもらっていたからとても楽だ。

 俺は食材を持ってマリンの元へ戻ると、マリンは調理器具を出して待っていた。


「へぇ〜調理器具持って来てたんだな」

「疲れてるでしょ? 帰りはゆっくりしたいから、王都で少しだけ買ったのよ」


 鍋とフォーク? のようなものを用意してある。 

 まず薪に火をつけ、川で汲んできた水を鍋に入れて沸騰させる。

 そしてその水は容器に取り出して避けておく。 こちらの世界の調味料だろうか、それらを鍋に投入し火にかけ調味料を混ぜ合わせてゆく。

 次に避けてあった水を投入しひと煮立ちさせたら、ようやくグエを入れて蓋をかぶせる。 それからしばらく煮込んだら。 


「グエの煮込み出来たわよ。 今はこれくらいしか作れないけど、食べましょ」


 最後に野菜を盛り完成。

 俺はゴクリと唾を飲み込み、グエの身をほぐし、口へ運んだ。


「おいマリン・・・・・・天才だな!」

「そんな大袈裟に言わなくていいわよ・・・・・・」


 マリンは少し照れているようだ。 頬と耳を赤らめ顔を俺の方に向けてくれない。


 ちょっと可愛い。


 あまりの美味しさにグエ3匹はあっという間に骨になった。


 空腹は満ちて、さぁ行こう! ってなったんだけど、気づけば辺りは薄暗くなっていた。

 俺は火に薪を焚べて、布を2人分敷いた。


 といってもあんなことがあったし、俺は多分眠ることが出来ない。

 


 月が堕ちる頃、薄い明かりが空を青色へと変えていく。

 コクリコクリ1人睡魔と戦っていると、近くの茂みで枝の折れる音がした。

 俺はすぐにマリンの所へ駆け寄り、身をかがめ辺りを見渡す。

 どんどんこちらへ近づいてくる。 ゆっくりと、こちらに気がついてるような不審な動き。

 俺は足音のする方へ小石を投げた。 

 投げた小石は、ボフッと物に当たったような音をたて地面へ落ちる。

 そして最後の茂みが、その何者かによって開かれ正体を見せる。


「痛いじゃないか」


 草を掻き分け出てきたのは、丸い片眼鏡をつけた細身の男。

 けれど俺はその男の顔に掘られた刺青に目がいく。


「はっ! お前、山賊の・・・・・・」

「おぉすごい、差し詰めこの刺青をどこかで目にしたことがある、といったところかな」

 

 男は目の下の刺青に人差し指を当て、軽く下へ引っ張る。

 あの時の山賊が入れていたものと同じ刺青が掘られている。

 男が山賊とわかると、頭上には64という数字が表示された。


 だが、なぜあんな場所に刺青を入れたんだ?

 統率者が決めたこと、仲間意識が強い? まさか、バレたところで実力に自信があるから場所なんて関係ない・・・・・・とかじゃないよな。

 

 男は、手の甲を後ろへ向けるようにして顔の横へ上げた。

 上げた手の指を全て前に倒すと、目の前の茂みから山賊らしき男らがぞろぞろと出てくる。

 やはり山賊の頭にはそれぞれ異なった数字が表示されてある。

 

 これはやばいな・・・・・・


「んんっ・・・・・・みどりどうしたの?」


 マリンが目を擦りながら体を起こす。


「マリン、俺から離れるな!」

「な、なにっ!」


 急に大声を出すものだから、凄く驚いてしているようだ。

 そしてそれと同時にマリンの体は震え始めた。

 山賊が手に持つ松明に照らされ、背や腰の武器が見える。


 大鎌や片手剣、斧やナイフ、逃げようにもマリンの力で上へ逃げればナイフを投げられそこで終わる。

 だが、上へ逃げるしか手なんて無い。

 どうしよう・・・・・・


「やれ」


 男が口を開きそう言うと、山賊がそれぞれ武器を構えこっちへ走ってくる。

 すると、マリンが1歩前に出た。


「何してんだ!」

「これしか方法はないでしょ!」


 マリンが初めて俺に向けて怒鳴った。

 危険だ、そう思った瞬間、あの時のあの声が再び頭の中へ響いてくる。


――感じるのです、あなたの中に眠る力を。 巨大な力の塊を強くイメージし、そして今、目の前にいるを滅しなさい。


 気がつけば俺は大きく拳を振りかぶり、その拳を振り下ろしていた。

 振り下ろした拳はどう作用したのかは分からないが、その動作により大きな爆風が発生したのは間違いない。 砂煙で辺りは何も見えない。

 マリンとはぐれないように手を繋ぎ、山賊がいた辺りを避けて進んだ。

 しばらくすると砂煙は風に流され、後ろを振り返ってみた。 だが先程までなかったはずの大穴が地面に空いている。

 大穴といってもなにかに押しつぶされたような窪みだ。

 月に照らされた窪みは赤く染まり、山賊の姿はどこにもない。 

 そして、足元へ血で染まったレンズの割れた片眼鏡が転がってきた。


 俺は分かっていた、この光景を生み出したのは俺なんだと。


 マリンが「どうしたの?」と後ろを振り返ろうとするが、俺は全力でそれを止めた。


「なによ? 何をするの!」


 と俺の手を払う。


「ダメなんだ・・・・・・マリンには見せられない」


 心から悲しくなり、声が思うように出せない。

 察してくれたのか、マリンは振り返らず再び歩き出した。


「ありがとう」


 やってしまった。

 俺は今日、初めて能力を使えた。

 だが俺は今日、

 それと引き換えに、俺は今日、初めてひとを救った。


 けれど安息の時間は一瞬だった。 

 後ろから木と同じ程大きな背の男が、木をなぎ飛ばしながら出てくる。


「なに・・・・・・あれ」


 足が思ったように動かない。 あんなもの見たことかなかったから。


「オマエ、コロス」


 白い息を吐き、ゴロゴロとした低い声を響かせながら血走った目でこちらを睨む。

 まるでゴブリンを巨大化させたような、グロテスクな見た目をしている。


 なぜだか分からない、だが俺はさっきみたいに能力が使えない


「やばいやばいやばっ――」


 すると、


「下がっていろ」


 後ろから太く綺麗な男の声がする。

 長い黒髪を一つに結い、額に桃が描かれたハチマキを巻いた男が、俺たちの横を通り前へ出る。


「もも・・・・・・?」


 両足を開き腰を落とすと、両腰に刺した刀のつかを握り、下を向いて目を瞑る。


 敵は地を揺らしながら猛烈なスピードでこちらへ走ってくる。 

 そして敵は大きな拳を引き、放とうとしたその瞬間――


居合抜刀術いあいばっとうじゅつ奇奇一閃ききいっせん


 男のいた場所が光り、声が霞むように聞こえる。


「眩しっ」

「んっ」


 目を開けることが出来ないほどの光に、俺とマリンは反射的に目を瞑る。

 次に目を開くと目の前には男はいない。 ふと敵の方を見ると、敵は微塵も動かなくなっていた。

 数秒辺りの時間が止まったように静まる。 


「ゴギュッ・・・・・・ガバャブッ・・・・・・」


 俺は目を疑った。 目の前の敵が動かなくなった途端、目や耳から赤い血が流れ、口からは血の泡を吹き出し、体は震えていた。

 その奇妙な光景に俺は吐き気がした。 


「さぁ行け、もう大丈夫だ」


 男の声がし少し横にずれると、敵を挟んでさっきいた場所とは逆の場所に男がいた。

 俺には何が起こったのか分からなかったが、男の言う通り、敵を避けるように進んだ。

 そして横を通った時、バキッジュババと、えぐみのある音が耳に入る。

 チラッと敵の方を見ると、へそから下、へそから上が真っ二つに両断されており、上半身が断面を滑り地面に落ちる。

 内蔵が漏れて地面へ落ちるのを見た時、俺は目を大きく開き息を飲んだ。


「関係ない人を殺して大丈夫なのか・・・・・・?」

「関係無くはない、こいつらは存在するだけで僕に害を及ぼす。 種族が人種であろうとも、僕からすればこいつらは魔物と同類。 これでいいか?」

「あ、あぁ」



 その場を後にし帰り道を進んだが、あの男は一体なんだったのだろう。 

 見たことも無い高速な動きで敵を圧倒、いや瞬殺し颯爽と姿を消した。

 だが命の恩人には変わりない、もしまた会えたら礼を言おう。


「あ、名前聞き忘れたな。 ま、いっか」

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不完全と嘯くエトランゼ しょうた @sen1000sen1000

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