21 手紙


 放課後の教室。

 僕は窓際に立って茶色い封筒を見つめていた。

 ミオンとの別れ際に「机の中を見て」と言われて、入っていたがこの封筒。

 無味乾燥な封筒の表には「カズキへ」と書かれている。


 ミオンが僕宛に書いた手紙だ。

 可愛げのない業務用の封筒、本来ならば可愛い封筒を使いたかっただろう。

 しかし、可愛い封筒なんてものが僕の家に常備されているはずがなかった。

 それでも幽霊にとっては茶色い封筒ですら準備をするのが大変だったと思う。


「……ヘタクソな文字」


 冬坂詩音は本来、かなり字が上手い。

 だが、ミオンは幽霊のためモノを持つのが難しい。

 それに持てるモノは極軽いものだけに限られる。

 ボールペンをそのままで持つのは厳しいため、おそらく芯のみを使って文字を書いたのだろう。


「…………」


 封筒を見つけたときに、すぐ読めばよかった。

 しかし、なかなか読む気になれず結局、鞄に入れたまま一週間が経ってしまった。

 今でもミオンがいなくなってしまったことが信じられない。

 心のどこかで、まだミオンがいるのではないかと密かに思い続けている。


 実は、僕を驚かすために隠れているだけで、そのうちひょっこりと姿を現すのではと期待していた。

 しかし、病院で目が覚めてから一度もミオンは姿を現さない。

 イタズラだったら無駄に時間をかけ過ぎている。


 ……そろそろ、事実を受け入れるべきかもしれない。

 僕は意を決して封筒の中身を取り出した。



 まず謝ります。字が汚くてごめんなさい。

 本当はもっと上手な字が書けます。

 今は幽霊なのでボールペンの芯を持つのが精一杯です。

 読みづらいと思いますが、最後まで読んでくれると嬉しいです。


 この手紙をカズキが読んでいる時には、私はもうこの世界にはいないでしょう。

 私自身、自分がどう消えるのか分かっていません。

 おそらく、ちゃんとしたお別れは出来ていないと思います。

 突然のお別れになってしまって、ごめんなさい。


 思い返せば出会いも突然でしたね。

 私が窓際の席にいると、カズキがいきなり話しかけてきたのは驚きました。

 だって、それまで私を見える人は、ひとりもいなかったのですから。

 私は不思議に思いました。どうしてカズキだけが私を見えるんだろうと……。

 すぐに答えは思い浮かびました。


 それは、カズキがもうすぐ死ぬから。

 幽霊の私とシンクロするほどに、カズキは死に近づいていた。

 それが私の導き出した答えです。


 私のいた世界では、カズキはナイフで刺された後、容態が安定したにも関わらず、そのまま死んでしまいます。

 夏川さんは、カズキには生きる意志がなかったと言っていました。

 出会ったばかりの頃は漠然としていましたが、今ならはっきりと分かります。

 カズキは自分がいつ死んでも構わないと思っているし、自分が死んでも誰も悲しまないとさえ思っています。

 そんなこと全然ないのに、自分のことも周りのことにも興味がなさすぎて気付いていません。


 ナイフで刺されることを回避したとしても、どのみちカズキは死ぬ。

 ちょっとした風邪でも、あっさりと。

 カズキを本当の意味で救うには、生きる意志を芽生えさせる必要がありました。


 そこで私は考えました。

 誰かと恋人関係にさせれば、愛する人ができれば、おのずと生きる意志が芽生えると。

 まず思いついたのは夏川さんです。カズキと一番仲が良かったのは彼女ですから。

 でも、夏川さんはすでにカズキに告白してフラれていました。

 そうなると、もう私しか残っていません。

 過去の自分には悪いなと思いつつも、私は目的のために詩音を使うことにしました。


 実は、この時の詩音はカズキを好きではありませんでした。

 別に嫌いではないです。ただ他に好きな人がいました。

 それは秋野くんです。

 幽霊になった私も秋野くんが好きでした。

 私のいた世界では文化祭のあと席替えをしました。

 カズキの席だった場所は、秋野くんの席に変わっています。

 そして、その隣は夏川さんの席です。


 今まで秘密にしていましたが、私の目的は秋野くんを助けること。

 カズキを助けるのは、それが秋野くんを助けることに繋がるからです。

 カズキが死ぬと、夏川さんが死ぬ。そして秋野くんも……。

 過去の私が秋野くんと結ばれないとしても、私は秋野くんを助けたいと思っていました。


 ウソをついて、ごめんなさい。

 ひどいことをしている自覚はあります。

 でも、私が幽霊になり、この世界に迷い込んで、なにをすべきかを考えたとき、それしか考えられませんでした。

 どんなことをしても秋野くんを助ける。それが私の願いです。


 カズキと出会ったばかりの頃、私は焦っていました。

 いつ自分が消えるかも分からない状態では、手段を選んでいられません。

 だから、あえて下品な言葉を多用して、強引にカズキをけしかけようとしました。


 不快な思いをさせて、申し訳なく思っています。

 でも、実はだんだんと下品なことを言うのが楽しくなっていました。

 本来、人前で言うことがはばかられ言葉。

 それを口にすると、なんだか心が開放される気持ちになりました。


 どんなに大声で話してもカズキにしか聞こえない。

 そして聞かれたとしても、それは私の目的達成のために必要な行為。

 だから、私は気兼ねなく下品な言葉を言えました。

 でも、たまにカズキが意味を誤解する時がありました。

 そんな時は、少しだけ罪悪感で胸が痛くなりました。


 私の目的はカズキと詩音を恋人関係にすることでした。

 でも、私はそれを口にしたことはありません。肉体関係を結べとは言いましたが。

 なぜ言わなかったのか、分かりますか?

 それはカズキに、自分のためだと悟られたくなかったからです。


 カズキは自分のためだと力を発揮できない人です。

 生きる意志がないとは、つまり自分のために頑張れない人。

 だから、カズキにはあくまで詩音のために行動をしていると思い込ませました。

 結果は上手くいきました。

 この手紙をあなたが読んでいることが何よりの証拠です。


 私とカズキは少し似てるところがあります。

 それは、自分よりも誰かのために行動するほうが頑張れるということです。

 似たもの同士の私達なら相性は抜群ですね。

 これからも詩音と仲良くしてあげてください。


 私は秋野くんが好きで、秋野くんのために行動をしてきました。

 いまさら私の一番を変えることはできません。

 でも、この世界の詩音の一番は変えることができます。


 あなたが必至に詩音を助けようとしていたこと。

 その強くて優しい気持ちは、ちゃんと本人に届いているはずです。

 おためしではなく本当の恋人に。

 誰かのためではなく、自分のための幸せを願えるようになってください。


 今までありがとう。

 最後に君と出会えて、本当に良かった。

 私の分まで生きて、幸せになってね。


 最後に。

 もし私の存在を詩音に認めさせたいのなら、良い方法があるよ。

 秋野くんが落としたボールペンを拾って、そのまま返せずにずっと持っていることを言う。

 このことは冬坂詩音しか知らない情報だから、私を認めざる得ないと思う。

 じゃあ、頑張ってね。


 ミオン



「……あれ?」


 気がついたら涙が流れていた。

 頬を流れる涙を手で拭う。

 僕にとってミオンは特別な存在だった。

 今の僕がいるのは彼女がいたからといっても過言ではない。

 彼女と過ごした騒がしい日々がとても懐かしい。


「おまたせ。……それなに?」


 いつのまにか詩音が図書室から戻ってきていた。


「ああ、手紙。ミオンからの」

「……ミオン」


 詩音のまゆがぴくりと動く。


「ねえ、約束覚えてる? 文化祭が終わったら病院に行くって。

 もうかなり時間が経っちゃったけど……」


「ちゃんと覚えてるよ。でもその前にもう一度チャンスをくれないかな?」

「チャンス?」


 詩音は首を傾げる。


「ミオンがいたことを証明したい。僕の妄想じゃないってことを」

「また紙飛行機を飛ばすの?」


 呆れ顔を浮かべる詩音。

 彼女はミオンが動かしていた紙飛行機を手品だと思っている。


「紙飛行機はもう飛ばせない」

「どうして?」

「ミオンとはお別れをしたから。あれは手品じゃなくてミオンに操作してもらってたんだ」

「……そう」

「ミオンはもうこの世界から消えた。だから話すことも見ることも二度とない」

「病院に行きたくないのは良く分かった。でも念のために、ね?」


 詩音は必至に僕の説得を試みる。

 別に僕は精神病院に行って、頭を調べてもらっても全然構わない。

 ただミオンの存在を否定されるのが嫌だ。

 彼女がいたことを、詩音にだけは認めてもらいたい。


「ちょっと待って。今からミオンがいたことを証明するから。

 もし詩音を納得させられなかったら、そのときは病院に行く。それでいいよね?」


「分かった。それでどうやって証明するの? もうミオンはいないんだよね?」


「ミオンは未来から来た詩音。そのミオンから詩音しか知らない情報を教えてもらった。

 僕がそれを言えたら、ミオンがいたことの証明になるよね?」


「……内容次第かな。好きな色とか好きな食べ物とか。

 まぐれで当たるようなものだとダメだよ」


「大丈夫。絶対に偶然では言い当てれないことだから」

「ふーん、なにかな?」


 詩音は試すような瞳を向けた。

 一呼吸置いてから、僕は詩音の秘密を口にする。


「亮介が落としたボールペンを拾って、そのまま返せずにずっと持っている」

「…………」


 詩音が息を呑んだ。


「どう? 当たってる?」

「なんで? どうして知って……。まさか見てたの?」


 冷静な彼女から打って変わり、狼狽していた。


「見てないよ。ミオンから教えてもらった。

 その反応は当たってるってことだよね?

 これでミオンのことを信じてくれた?」


「え? じゃあ、本当に?」

「まあ、信じられないと思うけど。本当のことだよ」

「でも、私が死ぬっていう話は?」

「ああ、あれはミオンの嘘。色々と事情があって。本当は僕が死ぬはずだった」

「……ねえ。その手紙、ミオンからだよね? 見てもいい?」

「うーん……、まあ一応、同一人物だし。見せてもかまないか」


 僕はミオンの手紙を詩音に渡した。

 詩音は手紙を黙読した。


「……本当にミオンはいたんだね。疑ってごめんなさい」

「いや、良いんだ。でもこれで信じてくれたってことだよね?」

「うん、この手紙を読んだら否定できないかな」

「良かった。これで病院に行かなくて済む」


 僕は安堵の息を吐いた。


「ねえ、ミオンのこともっと知りたいな。

 ミオンとどんな話をしたのか。私のことをなんて言ってたのかとか」


「いいよ。全部話す、最初から」


 ミオンの思い出を共有したいと思い快く頷いた。


「じゃあ、帰りながら聞かせて」

「その前にいいかな?」

「ん? なに?」


 詩音は立ち止まって、くるりと僕を振り返った。

 僕はそんな彼女を見つめる。

 そして、


「詩音、君が好きだ。僕と本当の恋人になってほしい」


 放課後の教室で、僕は告白をした。




   了





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未来のキミは死んでいる。 やなぎもち @yanagimothi

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