20 夢
気がつくと、白い部屋にいた。
部屋の真ん中にはベットが一つあり、顔に白い布をかけられた人が横になっている。
そのベットの周りには亮介、美波、詩音の三人がいる。
静かな部屋には、美波のすすり泣く声だけが響いていた。
「亮介、これってどういう状況?」
僕は隣に立つ亮介の小声で訊ねた。
しかし、亮介はまるで僕の声が聞こえていないみたいに反応をしない。
「ねえってば、――え?」
亮介の肩に触れようとした手がすり抜けた。
その後も、亮介に触れようとするが、全部がすり抜けてしまう。
「無駄よ。今のカズキはワタシと同じ幽霊だから」
「……ミオン?」
いつの間にかミオンが隣に立っていた。
「幽霊? 僕は死んだの? じゃあ……」
「そうよ。ベットで横になってるのはカズキ」
「そう、なんだ」
どうやら僕は不良にナイフで刺されて、そのまま死んでしまったらしい。
「ごめんなさい、私の所為で春岡くんが……」
詩音が誰ともなく謝る。
僕は少しだけ違和感を覚えた。
「冬坂の所為じゃねえよ。俺が油断したのが悪かった。油断さえしなければ……」
「違う、秋野の所為じゃない。私が不良を挑発しなければ、こんなことにはならなかった」
亮介の言葉を否定して、美波は自分の所為だと言う。
三人が三人とも自責の念にとらわれていた。
一番悪いのは、不良だ。
そう言ってみんなを励ましたかったけれど、今の僕は幽霊なのでできない。
「なあ和樹。どうして、こんなあっけなく死んじまうんだよ?
峠は越えたって聞いて安心してたのに。ぽっくり逝ってんじゃねえよ」
「もしかしたら和樹は、生きる意味を見つけられなかったのかも……」
ぼそりと美波は言う。
「夏川、それはどういう意味だ?」
「あくまで私の意見なんだけど。
和樹に生きる意志があれば、死ぬことはなかったと思う。
本当に、生きたいって強く思ってたらね。
……でも和樹は違う」
「違う?」
「和樹はいつも一歩引いた目線で物事を考える人だった。
私はそれが冷静で大人っぽいなと思って憧れていた。
でも本当は、全てに興味がなかったんだよ。他人にも自分にも。
だから生きることにも興味がなかった。
自分には価値がないって思ってたんじゃないかな?
たぶん和樹は自分を好きじゃなかったんだよ」
「……自分を好きじゃなかったか」
静寂が部屋に満ちる。
……たしかに僕は自分に興味がなかった。美波の言うとおりだ。
「実はね私。少し前に和樹に告白したんだ。
でもフラれちゃった。
あのとき、強引にでも付き合ってたら、和樹は死ななかったかもしれない。
おためしでも良いから恋人になっとけば良かったな。
そうしたらきっと、私のために生きたいと思ってくれたはず」
「和樹は他人のためなら、頑張れるやつだからな」
亮介は寂しそうな笑みを浮かべた。
それから部屋は静かになり、三人は自然と退室していった。
部屋には幽霊の僕とミオンが残された。
「ミオン。聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「うん」
「僕は詩音を守ることに成功したの? それとも未来は変わってない?」
僕は詩音をかばって死んだわけではなく、亮介をかばって死んだ。
ミオンから聞いていた話とは、少し違う結末な気がする。
「その前に、この世界はカズキの世界じゃない。ワタシの世界だってことに気付いてる?」
「ミオンの?」
「そう。ここはワタシが辿ってきた世界。
たぶん私の記憶の中。カズキの世界とは少し違う。
詩音が『春岡くん』って呼んでたことに気付いてない?
この世界ではカズキと詩音は恋人じゃないから、呼び方も変わってない」
「ああ、そういえば……」
違和感の正体が判明した。
「じゃあ、この世界だと僕は詩音をかばったってことか」
それならば辻褄が合う。
「違う。この世界でもカズキは秋野くんをかばってる」
「え? そうなの? だとしたら……」
「ごめんね、詩音が死ぬと言ったのは……、あれは嘘。
未来で死んでいるのは詩音じゃなくてカズキの方。
未来のキミは死んでいる」
「そっか……」
僕は安堵していた。死ぬのが詩音ではなく僕で良かった。
「だとすると、ミオンは僕を助けるために、過去に戻ったってことだよね?」
「ええそうよ。ワタシはカズキを助けるために過去へ行った。
まあ行こうと思って行ったわけじゃなくて、たまたま偶然そっちの世界に迷い込んだが正解」
「じゃあ、ミオンの目的は失敗したってこと?
結局、僕がナイフで刺されたことは変わらなかったわけだから」
「確かに、カズキがナイフで刺された事実は何も変わってない」
ミオンは冷静に答えた。
「確認したいんだけど、ミオンの記憶喪失も嘘だったってことだよね?」
「ええ、死の瞬間を覚えていないと言ったことも嘘。
カズキがナイフで刺されて死ぬことは、最初からちゃんと覚えていた」
「なんで、本当のことを教えてくれなかったの?
最初から言ってくれれば、回避できたかもしれない。
それに僕が詩音を守ることをしなくても良かったはず」
当然の疑問をミオンにぶつけた。
「カズキに死の原因を教えることはできた。
でも、それだと本当の解決にはならない。
もしカズキにナイフで刺されることを教えて、カズキがナイフを避けたらどうなる?
カズキは助かるけど、今度は秋野くんが刺されるよね?」
「なら亮介にも不良のことを教えば良い。油断せずに取り押さえられたかもしれない」
もしそれが出来れば誰も傷つかなくて済む最高のハッピーエンドだ。
「うん、不良のことを教えれば被害をださずに済んだかもしれない。
でもそれだと根本的な問題は解決しない」
「根本的な問題?」
僕は首をかしげた。
「カズキは一度、容態が良くなる。けど、その後急死する。
夏川さんが言ってたよね? カズキには生きる意志がないって。
カズキの心を救わないかぎり、根本的な解決にならない。
キミに生きる意志がないなら、ナイフでさされなくても急死する可能性があるから」
「……たしかに」
ミオンの言うとおり僕には生きる意志はない。
死のうが生きようがどっちでもいいとさえ思っていた。
ナイフで刺されて、もういっかと諦めても全然不思議ではない。
「ワタシはもう少し先の未来からきた。だから、この後に起きる悲劇を知ってる」
「悲劇? 僕が死んで終わりじゃないの?」
僕の質問に、大きなため息をついてからミオンは説明をする。
「カズキが死んで終わりだったら、ワタシが過去に戻ることはなかった。
この後、夏川さんと秋野くんは一緒に溺死する。夜の川に落ちて。
世間的には事故だけど、誰もそうは思ってない。
夏川さんはカズキが死んだ後、ぬけがらみたいになってた。
しばらくは秋野くんが支えていたけど、ダメだったんだと思う。
夏川さんはカズキが好きで。秋野くんは夏川さんが好きで。だから一緒に……」
「……そうなんだ」
僕が死ぬことで、二人がそこまで思い詰めてしまうとは。
もし二人が死んでしまうと分かっていたら、僕はもう少しだけ生きようと思っただろう。
「だから、ワタシはカズキに生きる意志を与えたかった。
具体的には恋人を作らせて、恋人のために生きたいと思わせたかった。
夏川さんがカズキに告白してフラれたことは知っていた。
だから、過去の自分と恋人にさせよう思った」
「そういうことか。詩音が死ぬという嘘を僕に伝えて、詩音との関係を作らせた。
だとしたら、ミオンの目的は達成したってことだね?」
「うん、カズキが今、生きたいって思ってるならね」
ミオンは笑顔を浮かべた。
「僕には恋人がいる。おためしだけど。
それに僕が死んだら美波と亮介が死ぬ可能性もあるって分かった今、死ぬわけにはいかない」
「良かった。ならワタシの作戦は大成功だ」
喜ぶミオンに、僕は正直な気持ちを口にする。
「ミオン、僕は君と出会わなければ、人を好きなることはなかったかもしれない。
幽霊の君と出合ったとき、あんなに胸がドキドキしたの初めてだった」
「なにそれ告白? 告白する相手を間違ってるよ。
カズキがちゃんと告白しないといけないのはワタシじゃなくて、詩音の方でしょ?」
「そうだね」
僕とミオンはお互いに笑みを浮かべた。
「それじゃあカズキ、お別れだよ。キミを元の世界に戻してあげる」
「ミオン、それって……」
「ワタシはたぶん、ここで消える。一緒にはいけない。
そもそもワタシという存在は奇跡みたいなものだし、本来いちゃいけないから」
「…………」
いつの間にか当たり前の存在になっていたミオン。
こんなに急な別れになるなんて思ってもいなかった。
「今までワタシに付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
彼女は僕の右手をとって握手をする。
今は幽霊同士なので触れ合うことができる。
この時、はじめて僕はミオンと触れ合った。
「さあ、元の世界に戻りたいって願って。生きたいって。ワタシが手伝うから」
「……わかった」
僕は心の中で元の世界に戻りたい、生きたいと強く願う。
すると、ミオンと僕の体が光に包まれる。
その光はだんだんと強まり、世界を白く染めていく。
「……ミオン」
「悲しい顔はやめよう。笑顔でお別れ。ね?」
ミオンが笑う。僕も無理やりに笑顔を浮かべた。
光はさらに強まり、ミオンの顔が見えなくなっていく。
「あ、そうだ。ひとつ言い忘れてことがある」
突然、思い出したようにミオンが言う。
もうほとんど顔は見えない。
「なに?」
「元の世界に戻ったら、机の中を見て」
「わかった」
「カズキ、詩音をよろしくね。バイバイ」
世界は白く染まり、自分の姿すらも見えなくなった。
目を開くと、僕は知らない部屋のベットの中にいた。
ベットの周りはみんながいる。
「……ここは?」
僕が声を発すると、みんなは驚いたように僕の顔を覗き込んだ。
「よう和樹、目が覚めたか。ここは病院だ」
「和樹! ……良かったぁ。もう起きるのが遅いよ」
亮介と美波が笑顔を見せた。
「ごめん」
僕は謝る。なんとか元の世界に戻ってこれたようだ。
亮介と美波の反対側には詩音がいる。
「……本当に良かった。心配したんだよ」
彼女はうっすらと瞳に涙をためていた。
「……心配かけて、ごめん」
僕は彼女の涙を拭いてあげようと手を伸ばす。
彼女は僕の手をとると、頬に当てた。
それから僕は周囲を見渡す。
やはりミオンの姿はどこにもなかった。
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