19 文化祭
詩音にミオンの存在を認めさせることができずに、文化祭は始まった。
文化祭が終わったら病院へ行くと、約束しているため少し気が重い。
ミオンに相談しても「大丈夫、大丈夫」というばかりで、僕が病院へ行くことを問題視していない。
そんなわけで僕たちのクラスでは喫茶店をやっている。
女子はレンタルした可愛い衣装をまとっての接客。
男子は制服の上にただエプロンをつけた格好で、裏方の仕事をしている。
本来なら僕の仕事は事前準備を手伝うだけで、当日に何かをする役目はなかった。
しかし手品があまりに好評だったため、急遽当日に紙飛行機を飛ばすパフォーマンスをやることになってしまった。
「今から紙飛行機を飛ばします」
一礼してからお客さん達に向かって言うと、ミオンに目配せをする。
「おっけー。これより紙飛行機が離陸します」
ミオンは紙飛行機を持つとノリノリで教室を一周する。
お客さん達が驚いた顔で飛行機を視線で追っていた。
飛行機が僕の手元に戻ってくると、拍手が教室に響いた。
そんなこんなで僕が時折、紙飛行機を飛ばす仕事を任されることになっている。
それもあってか、お客さんの入りはまあまあだった。
特にトラブルもなく喫茶店は順調だった。
しかし、やっかいな客が来て空気が変わる。
それは三人組みの男達だった。
全身黒尽くめでワンポイントに赤色がそれぞれ入っている。赤シャツ、赤帽子、赤靴。
見るからに不良といったいでたちで、周りを威嚇しながら横柄に席に座る。
入り口から見える位置に座ったため、他のお客さんたちが来るのがピタリと止まった。
すでにいた人たちも、空気を察してとっとと退散していく。
「おい! 店員!」
怒鳴るように赤シャツの不良が呼びつけた。
そこに詩音が接客に入る。
「これ、値段高くねーか? ぼったくりだろ?」
赤シャツが難癖を付ける。
飲み物にしても軽食にしても、メニューの値段は少し高めに設定されている。
普通の飲食店は大量に仕入れをすることで、費用を抑えることができる。
しかし文化祭でやる喫茶店ではそれはできないため、値段が高くなってしまう。
それでも準備費用を回収できれば大成功の儲け度外視の値段設定だ。
「お値段はそれが限界なんです。申し訳ありません」
詩音は頭を下げた。
「ふーん、そう……。なら他の場所でサービスしてくれよ」
「――きゃッ!」
赤シャツが詩音の手を引いて、自分の膝の上に無理やりに座らせた。
「や、やめてください」
詩音は逃げようとするが、赤シャツは腰に手を回して逃げられなくする。
「おいおい、他に客はいねえんだし。ちょっとァサービスしろよな?」
ゲラゲラと不良たちは下卑た笑いを漏らした。
騒ぎにはしたくないので黙ってみていたが、もう限界だ。
僕は詩音を助けに向かおうと足を踏み出した。
そこに美波が待ったを掛ける。
「待って、私が行く」
僕の返事を待たずに美波は不良たちの元に近づいた。
僕の肩に亮介の手が置かれる。
亮介は無言で、うなずく。
僕と亮介は美波のことを見守った。
「すみません。ウチはおさわり禁止です。そういうことは困ります」
美波は臆することなく不良たちに言い放った。
「あ? 文句あんの? こっちは、こんなガラガラな店に来てやってんだぞ?
少しは感謝しろよ」
不良は威嚇する。
「お客さんがいないのは、あなたちがいるからです。
早く出て行ってください。これ以上居座るなら警察を呼びます」
「警察? 呼べるもんなら呼んでみろよ。
学校つーのは不祥事を起こして、警察沙汰にはしたくねぇんだよ。
だから、こんな些細なことじゃこねぇよ。バーカ」
赤シャツはそう言うと詩音を抱きしめて、胸に顔をうずめた。
「イヤぁ!」
詩音が悲痛な叫び声を上げた。
「嫌がってるでしょ! やめなさい! 変態!」
美波が詩音に抱きつく赤シャツに飛びつこうとする。
だが、残りの不良二人に取り押さえられてしまった。
「やめて! 放して! バカ! 触るな!」
美波は男二人に押さえつけられ、体をまさぐられる。
不良たちの下卑た笑いと少女の嫌がる声が教室に響いた。
「誰か助けて! 亮介ッ!」
直後、隣にいた亮介が不良に向かって駆けた。
そして、勢いのまま男にとび蹴りを浴びせた。
美波を抑えていた赤帽子が盛大に床に転ぶ。
ワンテンポ遅れて、僕も赤靴にタックルを決める。男は壁に背を打ちうめき声をあげた。
美波は男たちに開放された。
そして、そのまま僕と美波とで男二人を拘束する。
僕たち以外の男子生徒も加勢し、男二人を床に押さえつけた。
「てめぇ、やってくれたな」
赤シャツが詩音を乱暴に開放し、目の前の机を蹴り飛ばした。
残りはこの赤シャツ一人だ。
亮介と赤シャツの殴りあいがはじまる、そしてすぐに決着がつく。
亮介の蹴りが男の腹に入ると、男は苦しそうに床にひざをついた。
なんとか不良達を制圧することができ、教室内に安堵の空気が流れる。
見物人たちからは拍手が起こった。
「……ナイフ」
隣に立つミオンがぼそりと口にした。
僕ははっとなり、赤シャツを見る。
赤シャツの手にはナイフが握られている。今度はホンモノだ。
「くそガギがぁ! 死ねぇ!」
逆上した赤シャツが亮介に飛び掛る。
亮介は油断して男から目を離していた。
「――危ない!」
僕は咄嗟に、亮介をかばった。
「ぐっ!」
お腹に鋭い痛みが走る。
ナイフがお腹に刺さっていた。
赤い血がじわりと服を濡らしていく。
「――和樹!? てめぇ!」
亮介は一瞬のうちに、赤シャツを殴って押さえつけた。
僕は体に力が入らなくなり、その場に倒れた。
周りの人間が僕の名前を必至に呼んでいる。
しかし、だんだんとその声が遠くなる。
僕の意識はそこで途絶えた。
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