18 証明


「ぎゃははは、なにそれー、マジでうけるー、くくく、ぎゃははは……。

 まさか昼休みにそんな面白ことが起きてたなんて、残念。

 見たかったなー、その時のカズキの顔。くくくっ」


 ミオンはベットの上で笑い転げていた。


「こっちは全然笑えないんだけど?」


 誰の所為で僕が狂人だと思われているか、ミオンはまったく分かっていない様子だ。


「で、なんて答えたの?」

「心の準備があるから、文化祭が終わるまで待って欲しいって」


 もうすぐ学校では文化祭がある。

 外部の人達も来るので、あまり大事にはしたくない。

 もし僕が精神病院に入院することにでもなれば、その悪評で学校やクラスに迷惑をかけることになる。それは避けたい。

 ちなみに、僕たちのクラスは喫茶店をやる。


「ふーん、まあ良いんじゃない。無難な返答で」


 まるで他人事のように相槌を打つミオン。


「適当だなぁ。何かアドバイスとかないの?」


「うーん、アドバイス? そうだなぁ。

 実際に病院へ行ってみる。

 もしかしたら本当にカズキの頭がおかしいのかもしれないよ?

 ワタシという存在は、無意識が作り出した、ただの幻」


 ミオンは意味深な笑みを浮かべた。


「……それを自分で言っちゃうのか」


 自分の存在を否定する発言に少し驚いた。

 だが逆に、自分は幻ではないことが分かっているからの発言だともいえる。


「ちょっと、ビビッたでしょ?」


 ミオンは笑って身をよじる。

 その動作に連動するようにベットの上の布団も動いた。


「ちゃんと布団も動いているし。ミオンが実在するなによりの証拠だよ」


 ミオンがただの妄想ならば、物体が動くことはない。


「ああ、これね」


 ミオンは布団を撫でて波立たせた。


「これはカズキの超能力、サイコキネシスだよ。

 ほらマンガであるよね。超能力を擬人化させたやつ。

 ワタシはカズキの超能力の一部。

 能力名はミオン・ザ・ファントム。

 その効果は未来の出来事を音として認識する。なんちゃって」


「これからライバルが登場してバトル展開になるのか。

 それは勘弁してほしいなぁ」


 ミオンとのたわいない会話で、ミオンが妄想ではないことを改めて確信した。

 と同時にミオンの存在を、詩音に認めさせる方法を思いついた。




「ちょっと見てもらいたいものが、あるんだけど良いかな?」


 昼食後、隣に座る詩音に訊く。


「なに?」

「僕のチンチンだよ」とミオンがセクハラを決めた。


「……おい、なに言ってるんだよ」


 僕はミオンに小声でツッコミを入れる。


「どうしたの? まさか文句でもある? ふーん、そうなんだー。ふーん」

「いや、なんでもないです」


 僕はミオンの機嫌を損ねないように謝った。

 これからやることはミオンの手伝いが必要なため、今は下手にでるしかないのだ。

 残念なことに……。


「うむ、分かればよろしい」


 ミオンは嬉しそうに笑った。

 隣の詩音は少しだけ眉根を潜めていた。

 詩音はミオンの存在を僕の妄想だと思っている。

 だから、僕がミオンと話すと嫌な顔をする。

 恋人になる前はそんなそぶりを見せなかったが、恋人になって態度が180度変わった。


「ミオンがいることを今から証明する」

「やめて。その話をしないで」


 詩音は顔を背けて拒絶する。


「分かったごめん。じゃあ、今からやることを見て欲しいんだ」


 僕は一枚の白紙とボールペンの芯を机の上に取り出した。

 そして、ミオンに視線で「やってくれ」とお願いする。


「おっけー」


 ミオンは白紙を自分の近くに手で引き寄せた。


「え?」


 詩音は白紙が勝手に動いたことに驚きの声を上げた。

 僕は予想通りの反応に笑みを浮かべる。

 さらに、ボールペンの芯が勝手に立ち上がり、白紙に文字を書き始める。


「……エス。……イー」


 詩音が文字を一つずつ読み上げる。


「……エックス。し、た、い」


 そして白紙に「SEXしたい」と文章が書かれた。

 僕はふき出して、慌てて白紙を手に取り丸めた。


「あはは、文章は気にしないで……。でも今ので分かったよね?」


 ボールペンの芯が空中に浮かび上がり、勝手に文字を書いた。

 これでミオンの存在が証明されたはずだ。


「…………」


 詩音は驚きのあまり言葉を失っている。

 すると、少しは離れた場所からクラスメイトの声が上がる。


「すっげー! 今の手品じゃん! 春岡って手品できたんだな」

「お、なんだなんだ? 手品できんの? 俺も見たいからもっかい頼むわ」

「俺知ってるぜ。ピアノ線とか釣り糸を使うんだよな」


 ぞろぞろとクラスメイト達が集まってきた。


「いや、手品じゃ――」


 手品であることを否定したかったが、それは出来なかった。

 ミオンの存在は詩音にだけ知ってもらいたいことであり。

 それ以外の人間には知られたくない。

 なので、仕方なく手品だということにする。


「――うん、手品だよ」


 クラスメイト達にせがまれて、再び僕は手品をやることに。

 実際は手品じゃないけど……。


「それじゃあ、今から紙飛行機を飛ばすよ。

 紙飛行機は教室を一周してまたここに戻ってくる」


 そう言って僕は紙飛行機を折って、手に持った。


「はいはい、これを持ってぐるっと一周すれば良いのね」


 やれやれと言った感じで、ミオンは僕の意図を汲んで行動してくれた。

 ミオンは紙飛行機を手に持つと、ぐるっと教室を周る。

 普通ではありえない軌道で移動する紙飛行機を、クラスメイト達が驚いた表情で眺めていた。

 ある者はぽかんと口を開け、ある者は見えないヒモを探して手を振る。

 そして、紙飛行機は再び僕の手に戻ってきた。

 一瞬の静寂ののち、クラスメイト達の喝采が教室に響いた。


 ミオンは満足げに笑っていた。

 今までミオンは僕にしか認知されていなかった。

 それが紙飛行機を通してクラスメイトたちに認知された。

 それも喝采をあびる形で。

 彼女が嬉しそうにするのも分かる。

 自分が認められた気分にでもなっているのだろう。


 隣を見ると詩音も一緒に拍手をしていた。

 どう見てもミオンを認めての拍手ではなく、手品としての腕前を褒める拍手だ。

 ミオンの存在を認めさせるという作戦は失敗した。

 僕は笑顔を浮かべながらも内心でがっかりしていた。

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