天使の翼と悪魔の角

忍野木しか

天使の翼と悪魔の角


 雲の上の天国で、自分の翼を踏んだ天使が地上に落ちた。

 大地を這う生物を潰した天使に掛かる血飛沫。黒い血に染まった天使は、飛べない翼を折り曲げると、当ての無い地上を彷徨い始める。

 地の底の地獄で、自分の角を折った悪魔が地上に這い上った。

 空を飛ぶ生物を見上げる悪魔に落ちる羽。純白の羽を纏った悪魔は、折れた角を腰に携えると、当ての無い地上を彷徨い始める。


 赤い天使は苦痛に呻いた。血で固まった長い髪は雑木の荊棘のように捻れ、翼から飛び出た骨が悪魔のように揺れ動く。空腹でふらつく天使の辿り着いた街。食糧を懇願する赤い天使に、怯えた人々は石を投げつける。

 白い悪魔は快楽に浸った。羽に包まれた体は青空の下の新雪の白に光り、腰に揺れる鋭い角が騎士の威厳を備える。人の血を啜った悪魔の辿り着いた街。石を投げつける人々に、頭を傾げた白い悪魔は問いかけた。


「赤い悪魔から街を守るためだ」

 老婆の吐息。子供の頷き。手を合わせて天に祈る妊婦。


 白い悪魔は笑った。角の剣を抜くと、赤い天使の翼を切り裂く。

 赤い天使は叫んだ。千切れた翼を掴むと、白い悪魔に背を向けた。

 街に轟く人々の歓喜。赤い天使の悪魔を追い払った白い悪魔の騎士を、祝福で迎える街の人々。

 

 地上に居場所の無い天使が行き着く地獄。地の底に蹲った天使を見つめる悪魔たちの瞳。怯えた天使は千切れた翼の骨で鋭い角を作る。地獄を這った天使は、地上に想いを馳せながら、長い時の流れに本物の悪魔へと変わっていった。

 地上で快楽に耽る悪魔の止まらぬ欲求。天を見上げた悪魔の足元にひれ伏す人々。驕った悪魔は鋭い角と羽で白い翼を作る。天国に辿り着いた悪魔は、地上を見下ろす快楽と共に、神の祝福で本物の天使へと生まれ変わった。


 地に落ちた天使と天に上った悪魔の瞳の先。地上を見つめ続ける二つの視線が交わることはない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の翼と悪魔の角 忍野木しか @yura526

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ