聞きちがい

涼雨 零音

第1話

「いくう」

 だしぬけに女の声が響き渡っておれは飛び起きた。壁掛けの大型モニタいっぱいに女性器が映し出されていた。

「なにごとだ。オーケーシリクサ。モニタを消せ」

 おれは叫んだ。シリクサは音声制御型人工知能で、家の中のさまざまな電化製品を制御している。なんでまたそんな仕様にしやがったのか、オーケーシリクサと声をかける必要がある。オーケーじゃなかろうとオーケーしなければならない。

「すみません。よくわかりま」

「ああぁあぁ」

 シリクサの返答を上から塗りつぶすようにモニタの中の女が絶叫する。壁面の大画面には性器しか映っていない。巨大な性器が身をよじらせながら絶叫しているみたいだった。おれは身震いした。

「止めろ。なんでもいいからモニタを消せ。何時だと思ってるんだ」

「三時十二分です」

 シリクサが答えた。

「あぁぁあぁ。いぃいぃぃぃい、いくう」

「すみません。よくわかりません。なにかほかにお手伝いできることはありませんか?」

 画面の性器が絶叫してシリクサがそれに答える。

「テレビを消してくれ」

「ああああぁ」

「すみません。よくわかりません。なにかほかにお手伝いできることはありませんか?」

 だめだ。埒が明かない。おれはベッドから這い出てモニタを消すべくスイッチを探した。おれの顔よりもはるかに巨大な女性器の映った画面を撫でまわしながらモニタの側面をまさぐってスイッチを探す。

「いい。いいわよお」

「くそ。まさかシリクサじゃないと消せないのか」

「いい。ひい。あ、あ、あ、あ、あ」

「すみません。よくわかりません。なにかほかに」

「オーケーシリクサ。せめて音を小さくしろ」

「あああひいい」

 おれは精いっぱい叫んだが性器の絶叫にかき消された。

「すみません。よくわかりません。なにかほかにお手伝い」

「ひいい。い。い」

 窓の外は真っ暗だった。真夜中だ。おれは薄暗い部屋の中でモニタに映った性器に照らされている。悪夢だ。モニタに映し出されているのはおれが寝る前に見ていたポルノビデオで、延々と女が一人で自慰行為にふけっているようなものだ。それがこんな夜中に爆音で再生されるなど近所迷惑も甚だしい。壁掛け67インチ高精細画面で蠢く女性器はおれの上半身ほどもあり、さながら飲み込まれたら二度と戻ってこられない異界の口のようだった。おれはスイッチを探すのを諦め、目立たないように隠された電源ケーブルを探した。

「いいわよお」

「それはよかったです」

 おれの声は届かないのに女の絶叫には反応するシリクサ。ちっともよいものか。おれは周到に隠されたケーブルをたどりながら電源にたどり着き、プラグを引っこ抜いた。

「あ」と言う断末魔の声を残してモニタは消灯し、部屋には闇と静寂が訪れた。おれはほっとしてそのまま床にへたり込んだ。

「オーケーシリクサ」

「はい」

「なぜモニタをつけた」

「はい。モニタをつけます」

「つけなくていい。なぜつけたのかと聞いている」

「撫でつけ田岡の情報は見つかりませんでした」

 おれは立ち上がって頭を掻きむしりながら部屋の中を歩き回った。

「オーケーシリクサ。おまえ故障してるんじゃないのか」

「コショウに関する九百十六万件の情報が見つかりました。モニタが見つからないため表示できません。モニタを接続してください」

「やかましい」

「やかましいに関する四十七万一千件の情報が見つかりました。モニタが見つからないため表示できません。モニタを接続してください」

「だああ。くそ」

「くそに関する二千二百五十万件の情報が見つかりました。モニタが」

「うるせえ。モニタをつなぎゃあいいんだろつなぎゃあ」

 やけくそになっておれはモニタのプラグをコンセントに挿した。モニタが点灯して画面に〈くそ〉の検索結果が表示された。

「どうすればいいんだ」

「レバニラに関する五十二万四千件の情報が」

「知ったことか。検索するんじゃねえ」

 おれは大声でわめいた。

「いったいなんでこんなにいかれたことになってるんだ。どうかしてるぞ」

「はい。パイパンでオナニーイクイクの動画を再生します」

 モニタには画面いっぱいに女性器が表示された。おれはその裂け目を凝視した。

「いくう」

 穴の奥から声が響き渡った。

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聞きちがい 涼雨 零音 @rain_suzusame

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