カイリ

カピバラ

カイリ



「もしもし? うん、うん、私なら大丈夫。適当にご飯作って食べて寝るから。うん、パパも無理しないでね。おかずはラップして冷蔵庫に入れておくから、帰ったら食べて。うん、じゃ、切るね。え? もう、恥ずかしいよ……わかったから、パ、パパ、愛してるよ」


 通話をオフに。


 ——何がパパだよ? いい歳してからに。


 黙ってて。パパは私のために頑張って働いてくれているんだから。


 ——愛してる……ぶぷっ


 笑わないでよ馬鹿!


 ——つまり、お前も馬鹿ってことだな。


 ほんとムカつくんだけど。


 ——今日は何を食べるんだ? 俺は肉がいい。


 じゃ、パスタとアボカドサラダにする。



 私はアボカドをスライスし適当な野菜と共に盛り付け、その間にパスタを茹でる。確か明太子ソースが残ってたよね。



 ◆◆◆



 学校は退屈。私は友達を作るのがあまり得意じゃない。そんな性格が災いして、高校三年間、まともにクラスメイトと話したこともないほどには得意じゃない。これはもはや、苦手というべきね。


 窓際の席なのがせめてもの救い。

 グラウンドを眺めると、一際背の高い黒髪の男子が目に入る。


 ——なんだよ、またアイツか?


 アンタには関係ないじゃない。


 ——いや、関係あるぜ。そんなにアイツが気になるなら、好きだって言えばいいじゃねーか。


 馬鹿! 言えるわけないよ!


 ——だったら俺が言ってやるよ。明日は俺の日だし、いっちょ告白決め込んでやるよ。


 ちょ、やめてよ!


 ——まぁ見てろって。お前が嬉しいと俺も嬉しいし、お前がモヤモヤしてると、俺もモヤモヤすんだよ。



 ◆◆◆



 私の馬鹿……


 ——ごめん、俺……


 もう余計なことしないで。


 ——余計なことってなんだよ……


 もうアンタとは話したくもない。消えてよ。


 ——俺はただ……お前によろこんでもら、


 最低。



 ◆◆◆



 暗い部屋で何をするでもなくスマホをいじる。時間だけが流れて、それに比例して虚しさと惨めさが押し寄せてくる。ふられちゃった。

 でも、内心スッキリもしている自分がいる。そんなこと、アイツには言えないけれど。やっぱり私は一人なんだ。今までも、これからも、ずっと。



 ◆◆◆



 流れゆく時。私の青春は瞬く間に過ぎていく。体育祭、文化祭、一人歩いた祭りの夜、自分に買ったクリスマスプレゼント、見事なボッチだね。


 ——お前はボッチじゃねーだろ。


 ボッチだよ。どこからどう見ても。


 ——確かにどう見てもボッチだけどよ、でも、お前の隣にはずっと俺がいたじゃないかよ。


「あ、ほんとだ」


 ——素っ頓狂な顔すんなよな。人生これからだろ、学校でうまく出来なくても、社会に出たらまた環境は変わるんだし。


 へぇ〜?


 ——な、なんだよ?


 慰めてくれてるんだ? 優しいじゃん。


 ——当たり前だろーが、俺はお前のことが……


 ん? 何か言った?


 ——うるせー。それより今夜は肉が食べたい。


 仕方ないな。たまには肉も悪くないか。



 ◆◆◆



 ねぇ、もし、私たちが男と女だったら、どうする?


 ——な、なんだよいきなり?


 私は、アンタとキスしたい、かな。


 ——ばばば、馬鹿言ってんじゃない! キキ、キスなんてっ!?


 カイリ、愛してるよ。ずっと側にいてね。一人にしないでね?


 ——するわけねーだろ……俺だって、お前が、カイリが好きなんだから。



 いいよね。私が私を愛しても。私の中にいる、もう一人のカイリを愛しても。ずっと一緒にいて、私の隣に居続けてくれた彼を。



 ◆◆◆



 私は片瀬海莉。歳は二十九、三十路にリーチのかかった独り者。今日も肉を焼く。牛肉を甘辛タレで炒めただけのシンプルなものと、大好物のアボカドのサラダを小さなテーブルに置き、テレビをつける。


 テレビでは十年前、——私が十九の時に起きた大災害のドキュメンタリー特番が流れている。巨大地震により多くの人が命を落とした歴史に残る災害だった。私もその被災者の一人だ。


 プシュ、と缶チューハイを開栓、一口流し込む。


 乾杯、今日もお疲れ様。


 ——乾杯、じゃねーよ、ばーか。


 なんて言葉が返ってくることもなく。ただ、私の視界がボヤけていくばかりで。


 一緒にお酒呑もうって、約束したのに。ずっと側にいるって言ってたのに。

 もっと私を馬鹿にしてよ。泣きそうな時は優しくしてよ。一人にしないでよ……!


 テレビの電源を切ると、ワンルームに静寂だけが流れる。サヨナラ、私、乾杯、











 ——なんて顔してんだお前?



 え?


 ——それにしても凄い地震だったなぁ! 怪我してねーか? あれ? お前なんか変わった? こんなに胸デカかった?


 ……ば、馬鹿……卒業してから成長したの!


 ——成長って、おいおいそんな……って、あれ?


 もう、十年も寝る奴が何処にいるのよ。し、死んじゃったと思ったよ。



 そう、あの日、私を庇ってカイリは消えた。そう思ってたけれど、気を失っていただけだった。いくらなんでも寝過ぎだよ、馬鹿。



 ——死ぬわけねーだろ? お前が生きてる限り。だって俺はお前で、お前は俺なんだから。それはさておき、そっか。俺、十年も寝てたのか。心配かけちまったな。


 別に心配なんてしてないもん。でも、ありがと。私を庇ってくれたんだよね。あの時、意識が切り替わったもの。


 ——さあな。それより俺は肉が食いたい。


 ふふっ、ちゃんと用意してあるよ。





「「いただきます」」






 私は、生きている限り、幸せだ。







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カイリ カピバラ @kappivara

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