水色を基調とした殺風景な部屋に、ミズキはいた。制服から豪華な装飾があしらわれたドレスに着替え、華やかな化粧をほどこしている。


 宇宙船に乗り込んだミズキは、窓の外から暗闇の中で青く浮かび上がる地球を見ていた。さっきまでミズキがいた地球は、ぐんぐんと遠ざかっていく。


「お疲れのところ失礼致します」


 地球でミズキに話しかけていた者が、恭しく一礼してミズキの側でひざまずいた。


「久しぶりの長時間の移動ですが、体調はいかがでしょうか?」


「ええ。快適よ」


 ミズキは凛とした口調で答える。


「左様でございますか。異星潜入留学はいかがでしたか?」


「収穫だらけよ。学んだことをケイプレストのために生かせるのが今から楽しみでならないわ」


「地球での思い出話を聞くのが楽しみです」


 天の川銀河の中の星のひとつ、そこにミズキの故郷『ケイプレスト』星がある。ミズキはその星の王女という身分ながら、宇宙に存在する生命体の研究と観察を目的とした異星潜入留学プログラムに参加し、地球に降り立った。


 もちろん、地球人にミズキの正体を知られてはならない。ミズキと会う人々には、あたかもミズキがその町の住人であったかのように記憶を書き換えた。秀哉もそのひとり。


 故に、ミズキが秀哉と幼馴染だというのはでっちあげだ。地球に降り立ったのは今から八年前のこと、ホタルの光を見に行く前日のことなのだから。


 ケイプレスト星の人々にとって、星は運勢を占ったり行動を決めたりするのに重要な役目を担っている。

 地球にいてもその慣習は変わらない。太陽系の七つの惑星が地球上で見えたのならば、その地にとどまることは良しとせず、旅立ちや帰還を意味していた。


 ミズキが故郷に帰った後は、八年の間地球で見聞きし得た知識をもとに、ケイプレストの発展のために公務を行うことになっている。

 公務は山積みで休む間もない王女のミズキが地球を訪れることは、二度とない。少なくとも秀哉が生きている間は。


 秀哉はミズキのことなど、もうとっくに忘れているだろう。なにせ、ミズキが旅立つ時に発せられた光が人々の記憶を操作しているのだから。


「ケイプレストに着くまで、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


「ええ。ありがとう」


 遠ざかる地球を見下ろしているミズキの頬を伝う涙は、夜光虫の光にも似て青く澄んでいた。

 地球で生きるためとはいえ、嘘をついて悔やんだものがひとつだけある。

 秀哉からミズキの記憶が消えるのならば、いっそのこと本当の思いを伝えるべきだった、と。


「私も秀哉のことが大好きでした」


(完)

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あの光を覚えてる 空草 うつを @u-hachi-e2

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