第3話 ヴェルデ

二人の間に緊張が走るを感じましたが、私は度重なる現実離れした出来事にその場で立ち尽くし、見守る事しか出来ませんでした。そんな中、ローザ様は急にバルコニーから飛び降りようとしたのです。私は咄嗟に彼女の腕を掴み引き止めました。

「何をしているんです、そのような事をされるのは危険です」

「離して!あいつらを何とかしないと!!」

「いけません、こんな所から飛び降りたら怪我どころでは済みませんよ」

ローザ様は何度か私の手を振り払おうとしましたが私は頑なに離しません。そして不服そうな表情を浮かべながらため息をつき私と向きあうと

「聞きなさい、私は魔女ローザ!滞空魔法くらい詠唱無しで出来るのよ」

私は言っていることの意味が分からず言葉に詰まるとローザ様は再びため息をつき、掴んだ手と反対の手で軽く円を描くような仕草をすると風が巻き起こり足が地面から離れていきました。

「ね?分かったでしょ?国民の命を守らないといけないの…行かせてちょうだい」

私を見つめるその凛々しい表情と言葉に私は空いた口から言葉が出ませんでした。掴んだ手を緩めると、風を纏ったローザ様は軽々とバルコニーの縁を飛び超えて下へ降りていきました。


ローザ様がヴェルデと呼んだ男性と使用人服の女性は私達二人が言葉を交わしている間、荒々しく動く木の根を背にほとんど動くことは無く、一方は腕を組み嘲笑を浮かべながらこちらだけを見つめ、もう一方は槍の柄を両手で握りしめながら少し強張ったような表情で私達二人や広場で逃げ回る人々の様子を忙しなく交互に見ておりました。


「この国を奪っただけじゃなく、今度は異世界の者までお前のわがままに巻き込むのか?相変わらず見た目はデカくなっても中身はガキのままだなぁ」

 広場に降りたローザ様にヴェルデは嘲笑の顔に少し呆れを滲ませながら言いました。

「わがままなんかじゃないわ、全て国を思ってのことよ」

 そうローザ様は冷静な口調で返しましたが間髪入れずヴェルデは言葉を発します。

「嘘だね、これはただの親子喧嘩だ、あの親父を…王を出し抜きたい、それだけだろう?」

 ヴェルデ父親の存在を仄めかした言葉を発した途端、ローザ様は明らかに動揺し始めたのです。

「違う!だって国の人々が困っていたから…私がみんなを助けたいと思って前の王様を倒したの!だから違うもん!」

 その怒りがこもった反論は明らかに今までよりも幼さを感じる返しだったのです。一方ヴェルデは嘲笑を浮かべていた表情から真剣な面持ちとなり

「まだガキのお前が国に関わるには早過ぎる。これ以上関わると王が動くぞ、お前のわがままのせいで国と国とが対立して多くの血が流れる事になるんだ。俺がお前を連れて帰れば平穏なままで終われるんだよ、大人しく来い」

 その口調はまるで子供を諭す様に、そして懇願するかの様に冷静でしかし強く語りかけ片手を差し伸べましたがローザ様は聞く耳を持たないご様子で

 「何よ今度は脅し?私はあんな奴に屈したりしない!あいつに媚びを売って弱くなったあんたとは違うわ!羽を無くしてまで無様に生きる『芋虫』なくせに!」

 その言葉に無造作に動き回っていた木の根達が動きを止めたと思いきや、数本がローザ様の足元数メートルに素早く突き刺さりました。

「誰のせいで、誰のせいで…こうなってると思って…」

 ヴェルデは怒りを滲ませながらその言葉を小さくつぶやきローザ様を睨みました。

 それから次々に向かってくる木の根をローザ様は風を纏いながらかわしていました。

 「バトー!あんたは武器庫に行って装備を整えてからこっち来なさい!」

木の根をかわしながらローザ様はバルコニーにいる私にそう指示を出しました。ここを離れる事に躊躇いはありましたが指示を受けた以上、武器庫を探さなければなりません。

 


バルコニーのある部屋を出たものの、武器庫がどこにあるのか見当が付きません。同じ階はほとんどが客室、または寝室のようで武器があるような場所ではありませんでした。そして下の階を探そうと下の階へ向かおうとした時、窓に映る姿に目を奪われました。

黒髪の若い男性、年齢は二十代半ばでしょうか、その人物には見覚えがありました、紛れもなく若かりし頃の私でした。もしかしたら映像か何かの類かと首を傾げたり、窓に向けて手を振ったり、自らの顔に手を触れたりしましたが、窓に映るその姿も全く同じ動作をすることから自分自身が若返っていることを実感したのです。

 なるほど、こちらに来てから慢性的な肩や腰の痛みや関節の動き辛さが無かったのはこのせいかと妙に納得してしまいました。自分自身の変化に目を奪われ武器庫を探すことに失念してしまい、外からの地響きに私はようやく我に返りました。大変な事になっているというのに、窓に映る姿に陶酔した自らを恥じました。



広間に出ると私が召喚された地下への扉の他に似たような扉がもう一つあり、同じく地下へと続く石階段がありましたが燭台の灯りは消えており、飲み込まれて行きそうな深い闇に私は先に進むことを躊躇しました。

 「…大丈夫よ…」

 とささやく声がどこからか聞こえたのです。その声に最初は驚いたものの、何故か怯えや恐怖は感じませんでした。声が聞こえた後、不思議と目が慣れていきました。壁を手で伝いながら階段を降りると、召喚された所よりも天井が高く広い空間が広がっており、大きな柱がまるでアーチ代わりのように等間隔にその間を通れとばかりに並んでおりました。どこに光源があるのか分かりませんが全体的にほんのりと明るく、何とも言えない厳かさを感じます。私は導かれるように奥に進み、そして大きな扉の前にたどり着いたのでした。

それは強固な金属製の扉で高さは私の身長の2倍はあるように感じました。ですが扉を押すと想像よりも容易に開いたのです。

 

  扉を開けた先は探していた武器庫だったようで、壁側には綺麗に並べられた西洋甲冑と立てかけられた剣や盾がありましたが、あまり手入れが行き届いてない物もあり、それらは無骨に分解されて隅の方に固められていました。そして中央には小型の砲台のようなものも並んでおり、どれも普段見ることの無い代物でまるで博物館に来たような気分です。

 

ですが悠長に見学とは行きません、私が扱える武器を選ばなければ...壁にかけられた物はどうも恐れ多くて手は出せず、無造作に立てかけられた物から私は鞘付きの長剣を取り出しました。鞘から引き抜くと思っていたより刀身はしっかり手入れされ、曇りなく光を反射しています。そして剣は細身ではあれど右腕に感じる真剣の重さに私は身震いさえしたのです、。

 武道については若い頃に剣道を嗜んではおりましたが剣道はあくまでも竹刀のみ、剣術とは違い真剣を握ると言う事は初めての経験です。もちろん扱いも方も変わるでしょう、どこまで自分の剣道の知識が通じるかも分からないのです。しかし躊躇している場合ではありません、剣を鞘に収めそれを持ち出しローザ様の元へ向かいました。


 広場の状況は離れる前よりも荒れていましたが人々は逃げ切れたようで、そこにいたのはローザ様とヴェルデ、そして使用人服の女性だけがおりました。ローザ様とヴェルデは共に疲弊はしているようですがヴェルデの方がその色は濃く、とうとう膝を地面に付けたのです。今までその場を動かなかった使用人服の女性はヴェルデの元に駆け寄りました。ヴェルデは彼女に向かって軽い手振りを加えながら彼女に伝えました。


「すまない、ヴィオラ、回復まで、時間を作ってくれ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バトラー・ロイヤル~老齢執事のセカンドライフ~ 中澤めぐみ @namegunovel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ