第2話 ローザ


不可解な現象、見知らぬ場所、そして初対面の少女の発言、

立て続けの出来事に整理がつかず、私が倦ねいていると少女は怪訝な表情を見せはじめ、自らの腰に手を当てながら私の顔を凝視すると

「ねえ!私の言葉分かってる?ねぇってば!!」

「は、はい分かっております」

私が慌てて言葉を返すと姿勢はそのままに、表情だけ安堵した表情に変わりました。

「なーんだ!びっくりしたわ!ボーっとしてるんですもの、死体か人形でも召喚したのかと思ったわ」

そうすると、あっ!と彼女が声をあげ、今度は慌てた表情に変わり

「成功したことだし、早く行かないと!皆待ってるわ!」

彼女は右手を私の前に差し出して立ち上がるように促しました。

私はゆっくりと右腕を上げると彼女は待てないとばかりにその手首辺りを強く掴みにいき、私を起こそうとしました。彼女の力が想像以上に強いのか、私の身体に変化が起きているのか、その両方か、腰を落ち着けていた身体はいつものような節々の痛みや気怠さもなく滑らかに立ち上がったのです。

私が立ち上がったことで俯瞰する形となり、彼女は私の身体の上から下、下から上と見て軽く笑みを浮かべ、腕を掴んだまま進んでいきました。


私たちのいる場所は地下のようで、壁に等間隔に掛けられた燭台の蝋燭が灯っているものの、全体的に薄暗い状態でした。長い石の階段を上り、鉄の金具が付けられた木製の扉を開けるときれいに磨き上げられた床、天井には美しいクリスタルの散りばめられたシャンデリアが吊り下げられた広間が広がっておりました。そこから更に階段を上がると日当たりの良い長い廊下が続いており、右側には大きく美しい装飾がされた枠が付いたガラス窓が続き、左側には部屋に続く大きな扉がいくつかございました。廊下を早歩きで引かれるままに通る中、窓際にふと目を向けるとガラス越しに若い男性と思われる姿が一瞬映り私は足がすくみました。もう一度見直そうと思いましたが

「ちょっと!何してるの?!早く来て!!」

と腕を強く引かれその場を離れるしかありませんでした。


一室に通されると、その部屋には大きなバルコニーに続いており、扉が開かれた先からは大勢いるのがわかる賑わいの音を感じました。少女は強く掴んでいた手を放すとバルコニーの縁まで走っていきました。すると賑わいの音が耳を劈く大きな歓声となって響き渡りました。

彼女はその歓声に大手を振って答え、歓声が落ち着いて来たのを見計らい

「皆お待たせ!召喚に成功したわよ!これでこの国も更に安泰よ!」

その言葉に広場の人々からはまた大きな歓声が響きました。

そして私を近くまで来るようにと手招きしました。それに従い彼女の近くまで寄り、バルコニーから下を見下ろすと、そこには石畳の大きな広場があり、そこをびっしりと埋め尽くす人々が羨望のまなざしでこちらを見上げておりました。

「紹介するわ、この者が異世界から召喚した…」

彼女はハッとした表情になった後、私に向かって小声で

「ちょっとあんた名前は?」

私も自分の名前をお伝えしてなかったことを思い出し、軽く会釈をしながら

「はい、私は黒羽藤吉郎と申します」

少女は怪訝な表情で私の名前を復唱しはじめ

「ク…クロウ…バトー…キッチェ…ロゥ…??」

今まで言葉が通じていたのに不思議なことに、名前だけは上手く伝わっていない、まるで外国の方が初めて日本人の名前を聞いたような反応に私は何とも言えない違和感を感じました。少女は独り言で何度か復唱した後

「あーもう!難しいわね!バトー、貴方は今からバトーよ!!」

そう私に告げると私の返答を聞く様子もなく、すぐに広場の人々に向き直り

「この者が異世界から召喚した戦士バトーよ!!」

バトーとして紹介された私は広場の人々に歓声によって迎えられました。

私はまだ戸惑いつつも外の光に目が慣れた事で視界がだんだんと開かれていくのを感じ、改めてここが私の知る世界とはかけ離れたものだと判ったのです。

人々の姿と格好、見える建物の様式、そして先に見える山々と自然、何もかもが私の知るものとどこか違う、異なった世界にいるようでした。


歓声がしばらく止まない状態でしたが、地響きが聞こえはじめました。それでも歓声は続いていましたが次第にそれは悲鳴や叫びに変わっていったのです。

広場後方から大きな木の根のようなものが意思を持ったかのように広場の石畳の地面を突き破り、人々を押し退けたり巻き取って投げ飛ばしたり、広場の人々は混乱の渦に巻き込まれて行ったのです。


しかしそのような状態を意にも介さず前に進んでくる二人の人物が目に留まりました。

ひとりは男性で十代後半か二十代前半のようで短めの金髪で緑色のチュニックのような上着とゆったりとしたズボンを纏っていました。そして少し後ろで少年の傍にいるのは女性で男性よりも年齢は上に感じました。髪は淡い紫色の長髪を高い位置に一纏めにし、服装は白と淡いピンク色のスカート裾が異様に短い使用人服を纏っていました。個性的な装いでしたが何よりも驚いたのはその女性は右手に槍のような武器を携えていたことです。


二人は広場前方まで来ると足を止めました。そして男性の方がこちらに向けて嘲笑いながら

「ようミニ薔薇、召喚成功祝いか…大層なことだなぁ!」

彼女、いえ、ローザ様は怒りの表情を見せ相手を睨み付けると

「ヴェルデ!こんな時に!」




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