416話 不良と迷惑を繋ぐのは②
わかりやすく不良行為に手を染めるシベル、善意を暴走させ迷惑を振りまくマーサ。二人がこうなったのには一応の訳がある。
まずはシベル。獣人の里モンストリアに生まれた彼は、幼い時から顔がコンプレックスであった。いや、正しくは顔の毛並みと言うべきだろう。
彼の一族は獣人の中でも獣寄りであるが故に顔にも獣毛が生えている。最もそれは獣人種の半分ほどに当てはまる至極普通のことであるのだが……その毛並みが問題であった。
なんと言うべきか……毛並みによって、常に怖い顔となってしまっているのである。周囲を睨みつけているような、常に怒りを湛えているかのような。さくらは彼のことを『シベリアンハスキーみたい』と称したのだが、まさにその通りの顔つきとであった。
……最もそう言えば可愛さも多少出てくるのかもしれないが、あくまで彼は人。その理論は簡単には当てはまらない。加えて体格も大きく育ち、恐れられるには充分な威容となっていた。
結果残念なことに、それを受けてシベルは
更に……かつてなんとか好かれようとした名残か、あるいはそれしか友がいなかったのか、彼は独学で魔術の習得も行っていた。脚力を始めとした身体強化魔術や、喧嘩で負った怪我を治療するための回復魔術を。
――喧嘩なんて仕掛ける者がいるのか? 勿論いる。多感な……感情的な者はどこにでもいる。不良に堕ちてしまったのならば猶の事。顔が気に入らないと殴り掛かってくる者もいれば、馬鹿にされてシベルから動いたことだってある。
それに……モンストリアは魔界にある都市。戦後10年、たった10年。簡単な火種はいくらでも残っていた。即ち、感情に任せて喧嘩をするにはうってつけだったのだ。
それだけではない。その火種の中には例の者達もいた。『獣母信奉派』――。大昔に獣人達を生み出したとされる魔術製の化物を祖と崇める彼らのほとんどは、獣母を見つけ出し蘇らせた先代魔王を慕っていた。即ち彼らは、勇者一行だけではなく、周囲全てを敵視しているも同然であった。
現にそれを抑えるため、勇者一行及び当代魔王は彼らの願いに応え、討伐した獣母の遺骸の一部を提供したのである。最も、今やそれは
ともあれ、そのような環境であれば癒えるものも癒えない。シベルは心を荒ませたまま日々を過ごしていた。しかしある時、転機が訪れた。
それは、『学園への入学試験』。シベルには独学での魔術習得及び幾度とない喧嘩の経験……即ち、魔術と戦闘の才があった。彼は見事に受かり、学園生徒となって……――。
……転機と言っていいのだろうか。大成した今であれば間違いないのであるが、当時としては『厄介払い』に他ならなかったであろう。シベルに手をこまねいていた彼の家族は一縷の望みをかけ、無理やりに彼を送り出したのである。
そして……シベル自身もそれを理解していた。だからこそ新天地である学園でも変わらなかった。気の合う連中と共に不良行為に手を染め、喧嘩に明け暮れ、教員陣を困らせ続け――。
――これが、シベルの置かれていた状況。彼が『不良』と呼ばれていた訳なのである。
続いてはマーサ。神聖国家メサイアに生まれた彼女は、幼い時より聖なる魔神メサイアを尊びながら過ごした。かの地に生を受けし者ならば当たり前のことであり、彼女が信徒の一人となったのも至極普通の選択であった。
誤解しないで頂きたい。魔神メサイア自身は知っての通り、心優しき女神。人の身体を心を分け隔てなく癒し、皆へ平穏と安寧を行き渡らせるために尽力し続けている、まさしく『聖なる神』なのである。
だというのになぜ、その信徒であるマーサがあのように……無理強いの布教を行うようになってしまったのか。それはやはり、当時の世情が大きく関係している。
そう……シベルと同じく、戦後約10年の世界。平和こそ取り戻されたものの、各地にくすぶりは残り、かつての惨状が未だ色濃く伝え聞かされる時代である。
幼いころから優秀であったマーサは、大人に交じり各地へ…主に戦地となった場所の奉仕活動へ幾度も参加をしていた。そこで彼女が触れてしまったのが、
戦禍により無惨に崩れ去った街や村、殺戮により至る所に溢れた墓標、未だ癒え切らぬ傷を恨みと共に抱える人々、そして先代魔王の悪行を声高に語る歴史の証人達……――。
勿論、それらは悲しき事実。知らなければならない現実。だが……幼きマーサはそれらを必要以上に吸収し過ぎてしまったのだ。そして、結論付けてしまったのである。
『かつての戦いは、全ての人々にメサイア様の福音が届いていなかったのが原因。届いていなかったからこそ忌まわしき戦争が起きてしまい、今度こそ完全なる布教を成し遂げるのが、私の責務』と――。
その考えは気づけば何者にも曲げられぬ確固たる意志となってしまい、誰彼構わずに無理強いの布教を行いだすようになってしまった。彼女の同胞達ですら手のこまねく存在となってしまったのである。
そしてそんな彼女の前にも、『厄介払い』『一縷の望みをかけた送り出し』……もとい、『転機』が訪れた。学園への入学試験である。
ただしシベルとは違い、彼女は自らの意思でそれを受けた。既に聖なる魔神を崇めている故郷より、信仰が薄い新天地…それも学園という名門中の名門で布教を行うため。頭の固く小うるさい同胞達から離れるために。
結果見事合格し、彼女は晴れて学園の生徒となった。そして変わらぬ強要により、『迷惑』と渾名されるようになってしまったのである。
……ただ救いは、同じく学園の生徒となったマーマン族のセンが、マーサのお目付け役を快諾してくれたことか。それでも彼女は止まらないのだが……――。
そんな『不良』と『迷惑』の嫌われ者二人は、時には孤独に、時にはそれぞれの気の合う『仲間』とつるみ、周囲を悩ませ続けた。そして時には……。
「ッチ! よりにもよって迷惑シスターか! どっか行きやがれ!」
「あ! 不良シベル! 戦うというのなら容赦しません! 改心なさい!」
『悪』と一応の『正義』故に、バッタリ出会いぶつかり合うことも。その際には……――
「――以上が、先日二人によってもたらされた被害になりますわ…。くぅっ……私があの時、せめてどちらかを説得できさえしていれば……! 不覚ですっ……!」
場所は学園長室。女教師がハンカチを噛むほどに悔しがりながら口にした報告を受け、そこへ招かれていた白いローブの若い男性教師は苦笑いを浮かべていた。
「凄いものですね……。校舎の壁に大きな傷をつけ、周囲のガラスのほとんどを割り、その余波で共に居た双方の友人達には軽い怪我を……」
―それで、マーサ…だっけか? が気づいて治療をしている間に、シベル?達の方は逃走と。毎回こんななのか?―
若い男性教師に憑りついている謎の霊体も、呆れるように肩を竦める。それを受け、彼女達の正面に座っている老婆姿の学園長は頷いた。
「えぇ。二人のぶつかり合いの際は大体このような有様で幕引きとなっておりますね。若いのだから喧嘩は良いとして、学園の備品を壊してゆくのは頂けません」
少し笑うような表情を浮かべる学園長に、女教師は溜息。若い男性教師と霊体も『良いのか…』と言いたげな微妙な顔を。学園長はそんな三人を見てまたクスクス笑い、改めて男性教師へ続けた。
「それに、『不必要な被害』をもたらすというのも、ね? リュウザキ先生?」
「ですがブラディさ……いえ学園長。本当に私が適任なのでしょうか? 一応教師という肩書は頂いていますが、未熟極まりない身で……」
「いいえ。貴方だから良いのですよ、リュウザキ先生。あの戦争の中、不必要な被害を極力出さないように立ち回っていた、心優しき
迷うような若い男性教師……もとい、竜崎へ、そう宣言する学園長。その一瞬の瞳に10年前の面影を見出した竜崎は、照れか自虐かわからぬ小さな笑いを吐いた。
「勿論お忙しい身なのはわかっておりますとも。時折、学園に顔を出した時だけで構いません。その他の際は今まで通り私達が受け持ちます。ですので――」
「どうか、お願い致しますわ! 私共だけではどうにも改心させられず……!!」
頼みこむ学園長と女教師。それに対し竜崎達は――。
「――わかりました。手探りにはなりますが、出来る限りを尽くしてみます」
―特にマーサの方は、メサイアの奴からも頼まれてるしな―
要請通り、『シベルとマーサの改心』を引き受けたのであった。――と、学園長はコッソリ口ずさんだ。
「ふふっ。救世の英雄は、不良と迷惑をどう手懐けるのか。見物ね♪」
【第二部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~ 月ノ輪 @tukino-wa
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