195_いつか知る日まで

 西門付近に居る王女一行。

 そこへ近づく者たちがあった。雨の向こうから、大勢の気配がするのだ。

 警戒し、兵たちが王女の前に立つが、それが無用の警戒であることは、誰にも分かっている。

 近づく一団が、西門を突破した味方であることは、ほぼ確実だった。


 はたして、現れたのは第三騎士団であった。

 王女一行の兵たちは、喜びに笑顔を向け合う。

 ここに学術院の封鎖は解かれたのだ。


 第三騎士団の者たちは、王女セラフィーナを認めると下馬した。

 そして、そのうちの一人が王女へ近づき、跪く。

 団長のエーリク・リンデルであった。


「王女殿下。お怪我は無いでしょうか?」


「皆のお陰で大丈夫です。リンデル、貴方も大儀でありました」


「はっ」


 それからリンデルは立ち上がる。

 いつまでも膝をついているべき状況ではない。

 やることは多い。


「ではこちらへ。すぐに毛布を用意させます」


 雨に打たれたままの主君を保護するリンデル。

 彼は、王女を門外へ連れていくよう部下たちに命じた。


「あの、リンデル。ビョルンの姿が見えないのです。それに、構内にはまだ王国の者が居るはず」


「ビョルン殿……。近衛隊長でしたね。分かりました。探させます。ほかの者たちの保護もすぐに」


 リンデルはビョルンを知っているようであった。

 騎士団長である彼から見れば、近衛隊長は格下で、特に顧みる理由は無い。接点も無かった。

 だが、近衛隊長ビョルンは王女の信を得る者。であれば、リンデルが知らないわけは無いのだ。

 政治に長ける彼のこと、人を知るのは基礎的なことであった。


「連合の方々も構内に残っていると思いますが、決して攻撃しないように」


「はっ」


「重ねて厳命します。これ以上、この地で誰も死なせてはなりません」


「心得てございます」


 答え、保護されていく王女を見送るリンデル。

 彼としても、ここで王女の意思に逆らう気など無い。


「フェリクス。聞いてのとおりだ」


「連合側も正門から小隊を入れ、残留者の探査に入るでしょう。事を起こさぬよう、周知せねばなりません」


「そうしてくれ。相手も同じ命令を受けてくるだろう」


「承知しました」


 答え、参謀長フェリクスは中級指揮官を集めだした。

 それを横目に、リンデルは周囲を見まわす。

 そして、ある人物を見つけると、そこへ歩み寄った。


「ヴァレニウス団長。ご無事なようで何よりです」


「……ご面倒をおかけします」


 遠地待機のリンデルらを出動させたことに、謝意を伝えるエミリー。

 だが、声も表情も沈み切っている。

 それに気づきつつ、リンデルは尋ねた。


「ラケル殿の姿が見えませんが」


「……死にました」


 エミリーの眼に光は無い。

 雨に濡れるさまが悲愴的であった。


「……爆発で、ですか?」


「…………いえ、戦って死にました」


 ぼそぼそと、雨音に消え入りそうな声で僚友の死を伝えるエミリー。

 リンデルは真剣な表情を作り、胸に手を当てた。


「勇戦に敬意を」


「恐れ入ります……」


 会釈を返し、エミリーは歩き去っていく。

 その背を見送りながら、リンデルは騎士ラケルについて思い出していた。

 何度か顔を合わせたことがある。

 長く梟鶴部隊員を務める、赤い髪の戦鎚使い。極めて高い実力の持ち主であった。

 だが……。


「まあ、彼女では無理だろうな」


 そうひとちるリンデルのもとへ、フェリクスが近づいた。

 雨を嫌がり、しきりに顔を拭っている。


「団長。探査にあたる小隊を選別しました」


「分かった。フェリクスは構内に残って指揮をしてくれ」


「分かりました」


 リンデルは、王女に付かなければならない。

 雨中での任務にやや不満そうなフェリクスを残し、彼は歩き出した。

 だが、立ち止まると、何かを思う表情で振り返る。

 そして、雨に煙る学術院を眺めながら言うのだった。


「奴へ挨拶しておきたいところだが……」


「団長?」


「何でもない。では頼むぞ」


 立ち去っていくリンデル。

 それを見送るフェリクスは、上官の背が小さくなったことを確認してから零す。


「囚われてますな。まあ、皆そんなものか……」


 ◆


 俺は正門方向へ歩いていた。

 どうやら門外の戦いも終わったようだ。

 敵が雪崩れ込んでこないということは、予想どおり連合が勝ってくれたのだろう。


「ロルフ!」


 俺を呼ぶ声。

 前方に居たのは、リーゼたちだった。

 彼女は駆け寄ってくると、俺に尋ねた。


「怪我は?」


「負傷してはいるが、大丈夫だ。そちらは?」


「皆、問題ないぞ。爆発で少し手傷を負ったが、お前のおかげで軽傷だ」


 そう答えながら、アルバンが近づいてくる。

 会談に出席した文官たちの姿もあった。

 リーゼは、非戦闘員をしっかり守ってくれたようだ。


 さらにその後ろには、十数名の兵が居る。

 正門を抜いてきた者たちだろう。


「そうか。それは良かった」


 この状況で盟主も無事だった。

 ひとまず喜ぶべきである。最悪の事態もあり得たのだ。


「そっちはどんな感じだったの? あの女に会った?」


「エミリーか? 会った。王女らと合流していると思う」


 そのエミリー麾下の幹部を排除したことや、そして聖者ラクリアメレクのこと。

 皆に伝えなければならない。


「アルバン。リーゼも。共有することが色々とある」


「分かった。だが、まずはここを出よう」


「正門は制圧済みよ。援軍がやってくれたわ」


「そのようだな。皆、ありがとう。おかげで助かった」


 救援に来てくれた兵たちに礼を言う。

 彼らも戦ったというのに、俺を労ってくれる。


 それから俺たちは雨の中を歩き出した。

 気づけば、脇腹の傷が痛みをいや増している。まだ敵地に居るというのに、緊張が途切れたのだろうか。

 俺は頭を振り、隣を歩くリーゼに言った。


「リーゼ。まだ構内には両陣営の者が残っているはずだ。それに敵も」


「うん、分かってる。急ぎ人員を出して構内を検索するよう伝えてあるわ。もうフォルカーが動いてるはずよ」


 すでに指示は出ていた。

 彼女はいつでも如才ない。


 そして俺たちは正門へ向け、雨中の行軍を続ける。

 雨が止む気配は無く、泥濘ぬかるみが足に煩わしい。

 そんな中を無言で歩いた。

 そして暫くののち、リーゼが俺に小声で訊いてくる。


「ねえ」


「うん?」


「大丈夫?」


「………………」


 俺は観念するように目を伏せ、大きく息を吐いてから答えた。


「そうだな……少し参っている」


「珍しいね」


「ああ。参っている時は、どうすれば良いだろうか?」


あったかくしてゆっくり休んで、あと、私とかとお話をすれば良いわ」


「なるほど」


「何にせよ、まずは帰りましょ」


 そう言ってリーゼが視線を向ける先、正門は開放されていた。

 肩に剣を担いだシグが立っている。退屈そうな表情だ。

 アルにマレーナも居る。

 雨に打たれてそこで待たずとも良かろうにと思うが、しかし彼らの顔を見て安心した。

 これで、今日が終わってくれたのだ。


「………………」


 俺は振り返り、メルクロフ学術院を見渡す。

 今日、歴史は一歩も進まなかった。

 講和は成らず、俺たちは為すこと無くここを去るのだ。


「………………」


 だが、立ち向かうべき邪悪の存在を知った。

 それから旧知を殺し。

 そして友を得て、友を殺した。



 ────くのだ



 記憶に焼き付いたその言葉。

 しかし、彼が伝えようとしたことを、俺は本当に理解し切れているのだろうか。

 確信を持つことは出来ない。


 彼が言ったとおり、俺は若輩者なのだ。

 自己を律して半世紀以上を歩んだ男の言葉。それを本当に解するには、いま少しの時間が必要である。

 その時まで待ってもらうより他ない。

 思うに大切なのは、歩みを止めないことだ。


 視線を正門の方へ戻す。

 雨雲はどこまでも続いている。

 だが遠くには、雲の切れ目から射す僅かな光も見えた。



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第5部完です。

第6部の開始時期は、いずれ近況ノートでお知らせします。

またお会いしましょう!


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どうぞよろしく!

https://kakuyomu.jp/publication/entry/2024011702


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煤まみれの騎士 美浜ヨシヒコ @mihama

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