第4話 【ジョブなしデック】、一歩踏み出す
結局一睡もせずに、夜が明けてしまった。夜の神は地上をにらみ、昼の神が地上を守る。人々は昼の神に守られて、日々の仕事をなす。そういわれている。
「んぅー……」
「……三刻は過ぎたか」
僕はサランの寝息を聞きながら、部屋にたたずんでいた。殺風景な部屋を、見つめ続けていた。ベッドは、泣き疲れたサランに占領された。眠れるとも思えなかったし、それでよかった。
「そろそろ、灯りなしでも動けるかな」
そろりと、ドアだった場所を踏み越える。人がいないのを確認し、階段へ向かった。
「ん?」
階段を降りると、鼻をくすぐる匂いがした。僕はこの匂いを知っている。匂いを作っている人も、知っている。
「その足音、デックだね?」
「はい」
階段を降り切れば、その姿は嫌でも目に入る。長い黒髪を一本に縛り、手際よく料理を作る女性。しわがれた声が、彼女の特徴だった。
「昨日は床と扉の件だけになっちまったが、まあ死ななくてよかったよ」
「イラさん、すみません……」
ギルドの集会場も、早朝はほとんど人がいない。僕は厨房近くの席に、一人座った。
「アタイじゃどっから話せばいいかわからんが……まあアレだ。人の言葉に『生命があれば、なんでもできる』ってぇのがある。死ななくてよかったよ」
「……はい」
イラさんが、お茶を二つ持って来た。どうやら、自分も休憩を取るようだ。お茶に口をつける。身体の内側から、力が立ち上って来る感じがした。
「これは……」
「魔女の新作だ。あの子にも持って行ってやるといい」
「……やはり、イラさんが」
冗談を受け流して聞けば、しわがれた声は軽く肯定した。
「話を聞けば縁者だって言うし、サクッと教えたよ。……ドアと床は誤算だった」
「すみません」
僕は再び謝罪する。僕はイラさんに頭が上がらない。食事から一人だけ外された夜、そっとスープを差し入れてくれたこともあった。今だって、こうして話をしてくれる。とてもありがたい人だった。
「ん。こっちとしちゃ、昨日決めた通りのツケさえ払ってくれればいいよ。それよりデック。アンタ今後はどうすんだい? 田舎に泣きつくのかい?」
イラさんに言われて、僕は考え込む。いまさら田舎に帰ったところで、土地も金も、もらえることはないだろう。こればかりは、ボルジーノたちの言い分が正しかった。
「ギルドの女将権限で下働させるって手もあるが……」
「あ、お気持ちはありがたいのですが。もう今後については考えがあるんですよ」
「んあ!?」
会話をさえぎり、一人の女性が現れる。ポニーテールの銀髪、柔らかな肢体。ついでに今気づいたが、胸もかなり大きい。要するに従姉妹であり、恩人でもあるサランだった。
「サランちゃん、無防備スタイルだと危な」
「今は誰もいないでしょ」
「むむむ」
そりゃたしかに、僕とイラさんしかここには……あれ、いない?
「ハイハイ。イチャイチャは外でやっとくれ」
いつの間に席を外していたのか、イラさんが新しいお茶を持って来た。
「イチャイチャなんてそん」
「サラン嬢だったか。昨日は簡素に過ぎたゆえ、改めて名乗ろう。アタイはイラ。このギルドの女将で、宿の主だ」
「デック兄さんの従姉妹で、サランといいます。お許しいただければ、こちらに鎧を脱ごうと考えてます」
抗議をする前に、話が進んでしまう。サランが、丁寧に一枚の札を出した。【冒険者の札】。消えても燃えても蘇る魔法のかかった、冒険者の証だ。
「懐かしい言い回しだね、『鎧を脱ぐ』。まあそっちは置いといて……ほう。【アイアンランク】に、……【デストロイヤー】!?」
札を見たイラさんが、珍しくも驚きの声を上げた。ああ、そうか。呪いが、ジョブにも。
「はい……。アタシ、【
「……なるほどね。ふむ、サラン嬢の考えは読めた。デック、札は持ってるかい?」
「ええ」
言われて、僕も札を取り出した。昨日はすっかり忘れていた。見ればジョブだけでなく、パーティーのところも空白になっていた。
「んむ。昨日ウチの大将……ギルド長が届を受け取っていたからねえ。まあ、連中のことは忘れようか」
「そう言われても、簡単には」
「忘れさせます。ご安心ください」
サランが、豊かな胸をさらに張った。思わず周りを見る。いろいろと危ない。
「よし。よく言った。ならば……【権限借用】【即時裁定】……」
二つの札を並べ、ゴニョゴニョとつぶやくイラさん。少々マズそうな言葉が聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにした。少しして、イラさんが顔を上げた。
「これでよい。リーダーはどっちだい?」
問われて、迷う。が、従姉妹には迷いがなかった。
「兄さんでお願いします!」
「あいよ」
「ええ!?」
声を上げてももう遅かった。札を相手に、イラさんが文言を唱える。ちなみに札の文字は秘伝の魔法によって記されており、偽造はできないらしい。そういう触れ込みだった。
「でーきたっと」
イラさんから札をもらう。そこには、ハッキリとリーダーの証明があった。
「大変なことになってしまった」
「いいのいいの」
身震いする僕に、従姉妹は軽く言う。イラさんもうなずいている。他人事だからと、みんな軽いぞ。
「でも、サランちゃんのほうがランクが上で」
「アタシは兄さんを助けるのが目的だし。兄さんが今のままでいいのなら、アタシは引っ込むけど」
「……使い潰されるのは嫌だな」
「でしょ? だったらアタシと組むほうがいいじゃない」
「……わかった」
僕は、首を縦に振った。大変だとかは、あとでいい。僕が【ジョブなし】だろうと、サランは【デストロイヤー】だ。やりようはあるし、きっとどうとでもなる。
「我等、互いに手を組み、その手を取らば」
僕は言葉を紡いだ。古い言い回しだが、自分を奮い立たせたかった。サランも、乗ってくれる気がした。
「『背を合わせ、互いの敵を討ち果たさん』……。ふふ、兄さんも案外ノリがいいのね?」
「まあ、うん」
予想通りの行動で応じたサラン。その笑顔に、僕は目をそらしてしまった。どうにも僕には、彼女の笑顔がまぶし過ぎた。
こうして僕は、新しい一歩を踏み出した。
【ジョブなしデック】と【デストロイヤーサラン】 南雲麗 @nagumo_rei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【ジョブなしデック】と【デストロイヤーサラン】の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます