第4話 村のお薬屋さん


「キリエ様、こちらですっ」


 幼女を走らせんなよ、このジジイ!


 俺、いや、あたしは昨日の夜、結局一睡もできなかったので、ひたすらに同様の手順を踏んでポーション作りに勤しんでいた。


 そして、村の長、犬耳の老人に連れられて、病人にポーションを飲ませては、また隣の家に行き、ポーションを飲ませて……と、村全体にポーションを撒き終えるころには、昼飯の時間になっていた。


「キリエちゃん、ご飯はどうする?」


 笑顔でそう私に問いかけるのは、昨日助けた少年のお母さん、ハナさんだ。


 今日の朝、とても美味しい朝食を頂いたので、またよろしくと頼む。


「これで最後ね……疲れた~」

「本当にありがとうございました、キリエ様」


 まだ8歳くらいの幼女にペコペコと頭を下げる犬族の老人。


 身体はまだピンピンしていたのだが、落ち着く時間が欲しくなって、ハナさんの家に向かう。


「おかえりなさい、キリエちゃん」


 扉をノックしてから、少し時間を空けて開けると、昼飯を用意して待っていたハナさん……と、リク君。


「リク君、もう起きたんだね、気分はどう?」


 優しく話しかける。リク君は初めてみた吸血鬼に驚きつつも、ペコリと頭を下げる。


「ありがとう、キリエさん」


 同い年くらいの見た目に、親近感がわく。……いや、あたしは中身は22歳で、外は12025歳だけど。


 まあこの世界において、そんなことは関係ないのだ。


「キリエさん、いくつなの?」

「うーん、いくつなんだろ」


「キリエちゃんはね、記憶が無くなっちゃったのよ。だから、年齢が分かんないの……でも」


 ハナさんはそう言って、あたしの腕や背中を触る。


「うん、多分、リクと同じくらいだと思うけど……」


 吸血鬼について詳しく知らない親子は、見た目で勝手にリク君と同い年だと判断する。まあ、それならそれでもいいや。


「じゃあ、リク君と同い年にするわ。リク君はいくつ?」

「僕は8歳だよ、キリエちゃん」


 急に距離が近くなったと、ニコっとするリクくん。猫耳がピコピコしてて可愛らしい。

 

 あたしはリク君とハナさんで小さな食卓を囲み、仲良く昼食を食べた。


「とと、トイレっ」


 あたしはトイレを探し回る。リク君が案内してくれて、一旦家に出る。そして家の後ろに周り、入ったのは、壁が膝から首あたりまでしかない、外から見たらすっけすけの、水洗ではない時代っちゃ時代なトイレだった。


 まじかよ……これにするの……?


「あっ、ゴメン! 案内は終わったから、僕、家に戻るねっ!」


 見られるのが嫌なのかと、気を遣って私から離れるリク君。いや、まあ、そうなんだけどさ……。


 これは、早めに対策した方がいいな……。


 <歴史は繰り返す>……数千年前の書物には、水洗トイレの記事があった。だから、作り方も書いてあるだろう。今の私なら、素材集めから設計・加工まで、全て自分で行うことが出来る。


 だから、レシピさえあればなんとかなるのだ。吸血鬼の強み、こんな使い方をする人がいただろうか。他に吸血鬼がいるなら、この力をどうしていただろうか。


「うーん、やっぱりこのトイレはちょっと無いなぁ……」


 不満を垂れつつ、用を足す。……分厚い着物が邪魔をして、さらにトイレが嫌いになった。


 吸血鬼なのに、タダの食事で生命を維持できるのは、なんでだろう。


 まあ元は架空の存在だったんだし、細かい事を考えるのはナシだ。


 

 家の玄関の方から、声が聞こえる。


「キリエ様~!」


 なんだろう……家の前に小走りで向かうと、具合が悪そうな犬族の村人。


「どうしたんですか?」

「後から発症した者です、あのお薬を……」


 ……やれやれ、やはり、根本から直さないと、ダメだな……。


 ◇◇◇


 あたしは村のみんなを大通りのど真ん中に集め、私は瓦屋根の上から腰に手を当てて見下ろす。


 上司にこき使われていたので、すこしこの優越感に浸る。……性格悪いって言われる前に、さっさと用件を伝えよう。


「この流行り病は、村人同士の気遣いによって、防ぐことが出来ます……その……」


 あたしは村人に、手洗いの重要性と獣人と獣人の間に一定間隔を開ける<ジュージン・ディスタンス>の効果を力説し、最後にお辞儀をすると、村人たちはパチパチと拍手をしてくれた。


 これで、村人間での感染症予防はバッチリ!



 村の文明レベルが1上がった。


 ◇◇◇


 臨時で大通り沿いの空き家を借りて、大通り側にあった窓をぶっ壊して広げ、窓枠の上に雨対策の小さな屋根と、窓枠の下に薬を置くための台をドゥーイットユアセルフする。


 ……そして、台に適当な穴を開け、さっき量産してきたガラス管をブスブスと指していく。


 そこに、例のポーションを流し込み、木製の栓をする。


 最後に値札を貼って完成!! ……あれ? 金儲けしようとしてない?


 値札を取っ払い、今後発症した人に関しては、ここからポーションを持っていくように説明する。


「という感じです、お金はいりませんのでっ」

「聖女様!! ありがとうございますうううう!!!!」


 土下座して、ワーワーと感謝する村人たち。ダメだ、笑うな……!


 ニヤけそうな顔を手で隠して、臨時ポーション置き場を後にする。


 ……これで、無人のお薬屋さんの完成だ!!


 ◇◇◇


 夜。あたしは屋敷に戻り、書物を読み漁っていた。


 ……あった、一番新しい、文明の切れ目。


 1900年前に、オークと獣人族による大きな戦争が起きて、島の大半の命が失われた……。


 今を生きているのは、その生き残りだろう。


 翼の制御になれるため、宙に浮きながら読書をする。……ホバリングの精度はなかなかに良くなった。最初は文字がブレてなんにも読めなかったからな。


 下着の上に、部屋のクローゼットにあったYシャツを羽織るだけのだらしない恰好のまま、本を読んでいると、目当てだったトイレの記事が。


 真夜中の静かな外。あたしは大通りに借りた家に行き、早速屋敷からぶんどってきた水洗トイレを置く。


 細かい話は、ちょっと汚いからやめておこう。


 少女に生まれ変わった以上、上品に生きようと心に決めるキリエであった。……なんてね。

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異世界にて暇な吸血鬼と、過労死寸前の俺は人生を交換する。 @hoshirin

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