第3話 村を脅かす病


「あ、あなたは……」


 急に話しかける俺を見て、戸惑いの表情を浮かべる猫族の女性。山吹色の着物は着ていたが、髪は結わないんだな。普通の茶髪ショートカットだった。


「えっと、おr……あたし、記憶がなくって家に帰れなくなっちゃったんだよねーえへへへへ」


 嘘くさい演技をして、何とか家に入れてもらえないか試す。すると、彼女は意外にも見ず知らずの俺を家の中に案内してくれた。


 そこには、病気で寝込んでいる母親似の息子の姿。桶に水が張ってあり、そこにおしぼりが浸かっていた。ここの文明レベルは、見た目そのものということか。


「こんな廃村寸前の村ですが、ゆっくりしていってくださいね、他国のお嬢さん」

「えっ、お嬢さん……」


 聞きなれない言葉に多少動揺どうようし、自分の服を見る。……確かに、この人たちから見れば、どこかの貴族とも見えるだろう。


「ごほっ、ごほっ」


 猫族の少年は咳をする。とても辛そうだ。俺は畳に膝をついて、桶に入っているおしぼりを硬く絞り、少年の顔に出た汗を拭きとる。


「あら、ごめんなさいね……その子も、もうダメかもしれません」

「えっ、ダメって……」


 この時代なら、良くある話なんだろうか。


 俺は、現代社会では聞きなれない、人に、ましてや自分の息子に向かって「もうダメ」なんていうセリフに違和感を感じる。


「ちゃんと看病すれば、きっと良くなりますよ」


「それが、この子が罹っている病気は、タダの風邪ではありません。最近、ここらでも流行り出した、新しい流行り病なんです。もうじき、この村も終わりです……」


「そんな、いきなり終わりだなんて……」


 お母さんの話によると、その流行り病は、一度罹かかると二度と直らない。そして、じわじわと身体の中身を壊していき、最終的に死に至るという。その間、患者はずっと痛みに苦しまないといけない。


「くそっ、何とかならないのかよっ!」


 俺は自分の命を捨てようとした身。だから分かるが、この子はまだ生きたがっている。必死に病気と闘っている。


 だから、俺は助けたいと思った。


「ちょっと待っててください。すぐ戻ります!」

「ちょっと、お嬢さん!?」


 少年のお母さんにそう言い残して、再び森まで行き、翼を広げる。


「こんだけファンタジーな世界なんだ。この身体なら、魔法とか使えるんじゃね?」


 一つの希望を胸に、屋敷があったであろう、村から見える一番大きな山に向かって羽ばたく。


 ◇◇◇


「くそっ、この屋敷、窓多すぎだろ……」


 自分が出た部屋の窓が見つからない。5分ほど苦戦して、空きっぱなしの窓を見つけて、勢いよく滑り込む。


「っでえっ! 当たりだ! 水晶玉!」


 俺は急いで水晶玉の前に飛び、匍匐ほふくした状態で水晶玉の奥を覗き込む。


 そこには、おしゃれなカフェテラスで優雅に昼食を摂っていた元俺たいちの姿が。


「おい、元俺たいち! 何優雅にランチ食ってんだ!」

「うわああっ!? 何々、いきなりどうしたのさ! ボクは夜に連絡してって言ったよね!?」


 あたふたと落としそうになるサンドイッチをお手玉のように宙で転がし、上手くキャッチする元俺たいち


「獣人の村に行ったんだが、謎の流行り病で全滅しそうなんだ、一発で全快するような回復魔法とか無いのかよ!?」


 サンドイッチをのんきに頬張る。そして、ゆっくり咀嚼そしゃくして、飲み込む。


「おせーよ! 早く教えろよー!」

「キャーキャーうるさいんだよ! ……あるよ、魔法」

「やっぱり!」


「でも、病気を治す魔法なんて存在しないわ。もぐもぐ……んぐっ。屋敷の地下にある大書庫で、薬学でも学ぶことね」


 そう言って、サンドイッチを完食し、仕事に戻ろうとする元・俺。


「薬学って……まあ分かった。おそらく、魔法のことについても、その大書庫って所に詳しく描いてある本があるんだろ……?」


「察しがいいわね、じゃ、ボクはいそがしいんで」


 本当かよ。


 そう言って、シッシッと水晶に向かって手を振る。俺はその場を離れ、地下に向かって走り出す。


 ん-、ここじゃない、ここでもない、……ああああ! どこだー!!


 頭をくしゃくしゃと掻きむしる。いや待てよ。


 地下って言うんだから、一回出て一階の入り口に行けばいいじゃないか。


 今さら<玄関から入る>という初歩的なことを思いつき、一番近い部屋の窓を開けて外に出る。


「うーん、こっちは裏か? ……こっちでもない……」


 屋敷の外に出て、周りをぐるぐる回るが、入口らしき場所は見当たらない。


「くっそーどこだー?? あっ」


 屋敷の赤い屋根の上が見える所まで飛ぶと、屋根の真ん中に大きな穴が開いていた。


「なんじゃ、こりゃ?」


 穴を覗き込むと、円柱型に山の岩肌が見える所まで大きな穴が開いていて、各フロアの入り口がずらーっと並んでいた。集合体恐怖症にはつらいかもしれない。


 確かに、空飛べるなら階段はいらないよな……。


 俺は穴に入り、一番下の入り口に付いているパネルを見る。そこには、地下入り口と書いてあった。ビンゴ。ちょっと嬉しくなり、小さくガッツポーズをする。


 扉を開けると、目の前には手形のような文様が描かれたパネルが。


 そこに手を置くと、俺の魔力を吸ったんだろうか、急に大書庫に吊るされたほんのりオレンジがかったランタンの灯りがついて、大書庫の全貌が明らかになる。


 東京ドームかよ!? と言わんばかりに広いその書庫は、俺が今まで見て来たどの書庫よりも圧巻であった。いや、書庫であって本ではないけど。


「んで、こっちが生物、こっちが歴史……あっ、あった、薬学!」


 薬学・病魔と書かれた物騒ぶっそうな名前まで付け足されている書庫の本をかき集め、近くにあるテーブルに置く。


 そして今度は、化学・魔法と書かれた書庫に行き、同じように本をすべてかき集めて先ほどのテーブルに置く。


「さて、まずは流行り病のことについて、知らないとな……」


 本の出版年を上から順番に見ると、年号の後に、10年、飛んで次の本は200年。その次飛んで500年。次は……違う年号の、12年からだ。


 次々と出版年が上がっていくのに、ある一定の周期で急に下がったりするのは、きっとこの世界、この屋敷が出来てから、地上では何度も文明が築かれ、そして滅びていったということを表している。


 ここで一つの希望が見いだされた。そう、流行り病というのは、文明によって似たようなものが何個も出てきて、そして繰り返されるのだ。


 俺は今の文明とは違う、でも限りなく近い文明レベルの年を探し、流行り病について書かれたページをめくる。


「やっぱり、あった……」


 日本、江戸時代では、かなり感染力の強い流行り病があったな。それに加え、手洗いうがいなどの消毒をこまめに行う文化を持ち合わせていない。病気に苦しむ人が後を絶たないのはこれが原因だ。


「治す方法は……」


 ◇◇◇


 俺は4時間ほど、ずっと書庫で本を読み漁っていた。この身体は、とても記憶力が良くて、一度ページを開けば、もう一度開かなくとも内容を読み上げることが出来るほどだ。


 たしかに、これはつまらないかもな。読み返すことによって、新しい発見なんかを見つけたりするのも読書の楽しみだ。


 ちょっとだけ、アイツの気持ちが分かった気がする。……とにかく。


「これで、流行り病を治すためのポーションも作れそうだ。待っていろ、少年!」


 俺は部屋に戻り、水晶玉とベッドにかかっていた毛布を持って、地上に飛び降りた。

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