第2話 初めまして!


 俺は吸血鬼少女になったことに驚きつつも、この身体の持ち主があの天の声だったら、今頃地面に落ちているんじゃないのか、と心配になり、彼女が覗いていたであろう部屋のど真ん中に置いてあった水晶玉の元にいく。


「あいつ、どうなったんだ……?」


 水晶玉を覗き込むと、彼、というか俺がいた。普通に街を歩いている。どういうことだ?


「お、おい、吸血鬼、大丈夫だったのかよ?」


 俺から出ているのか、このロリボイスは。さっきの吸血鬼は、もうちょっと大人っぽかったが。


 高くて、若干ハスキーっぽい声で元俺たいちに話しかける。すると、水晶玉越しに俺のことを見つめる元俺たいち


「ふう、危ない所だったよ。もう少し交換の儀が遅かったら、ボクは君にその体を預けて死んでいたところだよ。これから楽しい人生が待っているって言うのにね」


 そう言ってニコッと笑う俺。気持ちわるっ!!


 鏡で見る俺はかっこいいのに、他人から見ると俺ってこんな顔してたのか……。


 見慣れない俺の顔を見て、寒気がする。


「そうだ、おい! 吸血鬼! 身体まで交換とは聞いてないぞ! なんだこの動きづらいちっさい身体は!」

「なんだと!? そういう事言うと元に戻すぞおっ!」


 小さい事を気にしていたのか、急に逆切れする吸血鬼。


 東京の街ゆく人の中に、一人佇んでプンスカと大声で叫び散らす元俺(たいち)。なんだか他人事ひとごとのように思えなくて、段々恥ずかしくなってきた。


「分かった謝るから! 街で暴れるのはやめろ!」

「ふんっ、仕方ないわね……これも新しい人生のため。ここで補導されては敵わないわ」


 よし、それでいいんだ、吸血鬼よ!


「そういえば、お前なんて言うんだ?」

「キリエよ、さっき言ったじゃない。……それと、「お前」っていうの、気に入らないわ。私こう見えて12025歳なんだけど?」


「……は?」


 ゲームでよくあるロリババアというやつか。それにしても、桁が違うだろ、桁が。


 確かに、そんだけ長生きしてれば、暇にもなるか……なるのか?


「タイチ、職場までの道はこっちでいいのよね?」


 ん、そういえばこいつ、俺と入れ替わってから若干口調が女の子っぽくなってないか? 逆だろ、逆。


「そう、そっち……」


 俺は入れ替わった吸血鬼、キリエに職場までの道のりと、仕事内容、スマホの使い方を簡単に説明する。彼女……彼は俺の人生をのぞき見していたということもあって、説明した内容をすぐに覚えた。


「うん、ありがとう、これで今日は大丈夫そうだわ。後は言いなりね。じゃあ、タイチ、また夜になったら連絡くれるかしら? それまでは好きにしていいわよ」

「ああ、わかった……」


 女っぽい口調の俺に寒気を感じつつ、吸血鬼少女キリエとなった俺は部屋のカーテンを開け、絶句する。


 なんとこの屋敷は、とげとげした地獄みたいな山の頂上にあったのだ。エベレストにも届きそうな高い山は、雪がかかっていて、とても生命の気配は感じられなかった。


 どうして、こんなところに数千年も暮らしていたんだ?


 というか、寒さをあまり感じないな。これも吸血鬼の特典?


 そう言えば、なんか背中がかゆいな……。

 


 背中を掻こうとして、手を伸ばすが、届かない。


「んっ、んん~っ!」


 腕に力を入れると同時に、背中にも力が入る。すると、急に背中から自分の背中二つ分ほどのコウモリのような翼が生えてきた。


「へっ!? なんじゃこりゃ!?」


 

 肩甲骨あたりの、感じたことない感覚。そこに力を入れると、バサバサと翼を羽ばたかせる。これも特典かよ!?


 あの吸血鬼、こんなに便利な身体を何故手放そうと思ったんだ?


 ……まあいいや、これなら、山の外にも降りられるぞ!


 ピンク色の寝間着(?)を脱ぎ捨て、ピンク色のクローゼットを開ける。


「やべえ、ゴスロリ系の服しかない……あいつの趣味が丸わかりだ……」


 とりあえず一番シンプルな真っ黒のドレスを身に纏い、窓から飛び降り、翼を広げる。


「ひぃゃっほおお~う!!」


 山の頂上と地上をへだてる雲の壁を抜け、パステルカラーの地上界が見える。地面の緑と、海の青は、地球よりも明るくて、鮮やかなものだった。これは……向こうでは見れない、絶景だ。


 思わず言葉を失う俺。山のふもとまでゆっくりと降りていく。


「ん、あれがそうなのか?」


 視線の先、海に面した穏やかな地形には、江戸時代の日本のような、規模は小さな村の風景が広がる。瓦屋根の民家が建ち並び、間の広い道には少数の人影が歩いているのが見える。


 俺は羽根を閉じ、スーっと近くまで降りてから羽根を広げて滞空する。便利だな、この翼。


 俺は小さなその村の付近にある森に降りて、ゆっくりと村に向かって歩き出す。


 吸血鬼が言ったとおり、村には着物姿の……獣人族の人々が歩いていた。


 なんとも、風情があっていい村だ。……村の規模の割には、人が全然いないが。


 少し歩くと、村の少し離れたところにポツンと一軒家が。そこで桶に水をため、着物の洗濯をしている、猫耳が生えた女性に話しかける。


「やっ、初めまして、獣人さん」

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