身内用キャラ設定+SS

北家

A.R.Ms

黒磯みなみ

みなみの問いかけ

 私がA.R.Msの管理下に置かれて数日が経った。栄養状態は依然としてあまりよくない。食堂ではこの前の報酬でたくさん食べさせてもらってるけど、依然として温泉には入れてない。さすがに栃木まで一人で出て行って浸かりに行くのはだめだよね。あ、ちゃんとシャワーは浴びてますよ。フケツではないです。

 硫黄不足が幸いしたか、硫化水素の分泌も少なくて外に出ることもできる。呼気検査をクリアして、外出することにした。

 行先は、決めてない。ふらふらと道を歩くだけでも新鮮で心地よかった。風が冷たい。下町の空気は私が今まで過ごしてたた大きな鳥かごとは違って、にぎやかだしいろんな匂いがする。ちょっとだけ都会にも行った。大きな交差点はさすがに人が多すぎて怖かった。

 そうしていつの間にか日が暮れはじめていた。お腹もぺこぺこ。そろそろ帰ろうかな。そう思いながら歩いていると、吸い寄せられるようにひとつの看板の前に立った。

 ぎこちないカタカナで書かれた「フランク」の文字。A.R.Msのことを知る際に、名簿を見て驚いた。この人、神我狩だとは知ってたけどすごい人じゃん。ナンバーズの5なんて、五番目に強い戦闘員ってことだもんね。

 でも、もう店主さんとお客というだけではない。今は一応仲間なんだ。そう思うと、以前とは気の持ちようも違った。確かめなければならないこともある。

 ちょうど、開店直後。ドアを開けると、そこにはグラスを磨くフランクさんがいた。優しい笑顔を向け、カウンターへと促してくれる。

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね、何を頼まれますか?」

「えっと、じゃあこの前のください」

「かしこまりました」

「あ、あの。フランク・シナトラさんですよね。ナンバーズの」

フランクさんは驚いたように手を止める。作りかけのカクテルを置いて、ちょっとしかめっ面をして見せた。

「聞いちゃいましたね、ミナミ。もう僕の方も知らないふりはできませんよ。ティーンにお酒はあげられません」

今度は私の方が目をぱちくりしてた。知ってもらえてるのか。でもなぜ、最初に言わなかったんだろうか。もしかしたら、私が何も知らなかったら彼はお酒を出してくれたのかな。でも、その選択肢は私にはなかった。

「ごめんなさい。じゃあチェリーコークください。あとサンドイッチとミートスパゲッティ」

「Yes. かしこまりました」

そう頷いて厨房に合図をし、やってきたウェイトレスさんはおひやとともにふたつの小皿を取り出す。ほとんど同じ見た目だった。

「こちらサービスのサラダです」

なんでふたつ? とか思いながら見てると、フランクさんは笑みを浮かべながらこちらを見ている。ちょっと恥ずかしいけど、おなかもすいてるし野菜もみずみずしくていい感じだからとりあえず口に含んだ。

 食べてみてわかった。味が違う。片方は、お母さんが作ってくれたのに近い味。私のために、丁寧に作られていておいしい。もうひとつは、よくわからない味だった。塩気もやや強いし、風味もおおざっぱで野菜の味が出ているとは思えない。でも、なぜかおいしい。

 不思議な気持ちになっていると、もうサラダがない。フランクさんに目で空腹を訴えると、にっこりと笑って厨房へと向かった。数分して戻ってくると、ビュッフェで見るような大皿が出てきた。

「おまたせしました。パストラミサンドとミートスパゲティです」

「え、これは……」

「食堂のご婦人から聞きましたよ。いっぱい食べてくださいね」

ずきゅん。口に含むと同時に胃袋が掴まれる音がした。さっきの、塩気が強い方の味付けだ。サンドイッチのお肉もめちゃめちゃにおいしい。私は無心で食べた。

「はあ、おいひ」

 食べ終わって幸福感に脱力していた私は、ここに来た目的を思い出してはっとした。この人はあぶない。早く聞かないと。

「あのあの、フランクさん」

「はい、なんでしょう」

「あなたは何のために戦っているんですか? あなたの戦う理由ば教えてください」

フランクさんは手を止めて、レコードを入れ替える。キング・コールの甘い声に誘われるように、フランクさんは口を開いた。

「僕はすべての人を危険から、理不尽な選択から救います。それが僕の戦いです」

「理不尽な選択ですか。あなたはそれをさせられたことがあるんですか?」

「はい。だから、僕と同じ経験をだれにもしてほしくないのです」

ここまで聞いて、彼が正義を為していることが分かった。でも、それは明らかだ。正義を為すためでなければ、こんなところで私にやさしくしてくれるはずない。問題は、彼が正義の徒かどうか。正直言葉選びが難しかったから、直球をぶつけてみた。

「あなたは、だれのために戦いますか?」

数秒の沈黙があった。この時点で私は、フランクさんが正義の徒ではないと直観していた。でもそんなことで、彼の評価を決めたくなかった。だってこんなにやさしいもん。私はトニックの苦みを舌で転がしながら、フランクさんの言葉を待った。

 示し合わせたように、ウェイトレスさんがカウンターに料理を持ってきた。

「あなたのため、です。こちらペンネとシュリンプサンドです」

とっさによだれを袖で隠す。私のよだれをテーブルに垂らすわけにはいかないし、今は大事な時だ。こんなのにごまかされないんだから。パンにかぶりつきながら、私は彼の言葉を反芻した。さすがに料理は反芻しないよ。牛じゃないし。

「おいひい、じゃなかった。それ、聞かれたらみんなに言うんですか。だったら罪な人ですね」

フランクさんはその表情を一瞬だけ曇らせたような気がしたけど、キラキラの笑顔で隠した。

「はい。罪な人です」

だから。のぞかせたフランクさんの瞳は、冷たく揺れていた。このすごく鋭敏な目は、今どこを見たのだろう。

「僕は救わねばなりません、多くの人を。そのために、僕はフランク・シナトラになります」

彼にとってのフランク・シナトラは、少しいびつだ。自らが目的を達するための手段として、自分自身の在り方を定義しているのだ。

 そして、ここでわかった。フランクさんは、自らのために戦っている。それでは、正義の徒とは言えない。



私はおなかをさすりながらも、先ほどより冷ややかな視線をフランクに向けた。

「わかりました。いきなり聞いちゃってごめんなさい。ごちそうさまでした、たくさん食べちゃったんですけどお代はいくらですか? 」

「そうですね、まとめて二千円でどうでしょう」

やっぱり。この人はちょうどいい額を出すな。おごられてる感ないし、満額でもない。

 お金を払って、外へ出ようとする。背中に感じる視線は、いろいろな意味があるような気がした。

「ミナミ、あなたの道の助けになりたいです。またのお越しをおまちしてます」

 私は何も言わずに外に出た。その目で私の何かを見たのかな。それとも、私がだだもれだったかな。

 ともあれ、仮の結論は出た。私は溜まっていた硫化水素を右手に隠し、街路を歩き始めた。

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