夏の空は君に歌う

花旗 澪

第1章 夏に触れて

1話:非日常


朝の教室。いつも騒がしいが、今日はそれ以上だった。外は雲ひとつない青空で、蝉が煩く鳴いている。


ここはとある田舎の高校。ここら辺にあるのはここだけ。周りを見渡せば山、山、山。

少し行けば川もある。自然がたくさんのド田舎だ。


窓の外、ぼーっと青空を見る。

チャイムがなって、みんなが席について少しすると担任が教室に入ってきた。何か話しているが、特に重要なことは無さそうだともう一度青空を見て小さなため息をつく。


窓側の一番後ろの席。後ろのこの列は人数的に一人になってしまう。でも、静かで良い。「隣の人とやってね」とか言われると少し困るけど、それも滅多にない。そんなこの席の隣に一つ机と椅子が増えていた。



「そしてまぁ、気づいていたと思うが転校生を紹介する。入ってきていいぞ」



ガラガラと扉が開いて入ってきたのは、一人の女の子。緊張しているのか、顔が強ばっている。黒板の前に着くと、担任が紹介を始めた。



「えー、山中夏咲やまなかなつみさんだ。家庭の事情でこちらに来た。彼女は声が出ないため、主に筆談で会話をする」



「仲良くな」と担任が行った後に、深々と頭を下げる彼女。上げられた顔はやはり強ばっていて、それでかと納得した。下を向いて目線をさ迷わせている彼女。声が出ないと言われて戸惑っているクラスメイト。ほんの少しの沈黙の後、誰かが拍手をした。それはすぐに大きくなって、彼女はやっと少し力が抜けた様だった。



「あー、席は1番後ろの空いてる所な」



指さされた席はやはり隣で、あぁこの静かな生活も終わりかと残念な気持ち。転校生だから、今日はきっと周りが人だらけになるだろう。こんなド田舎に来た女の子だ。それに可愛い。

ゆっくりと歩いてきて席に着く。



「じゃあ、朝のショートホームルーム終わり」



そう言って担任が教室を出ると、今まで静かだったのが嘘みたいに騒がしくなって彼女の隣を囲んだ。

どこから来たのか、誕生日はなんて色々聞こえるけれどそんなに一気に聞いたって答えられるわけが無い。彼女は声が出ないのだから尚更だ。困ったように笑ってノートに何かを書いてみせる。


『ごめんなさい、一人ずつお願いします』


彼女が謝ることでは無いだろうが、それでも申し訳なさそうにする彼女に、やっと周りが気づいて謝り始めた。



***



予鈴がなって、席に戻り始めるクラスメイトに解放された彼女はほっとしたように息をついた。



「...大丈夫?」



なるべく関わりたくは無いので迷ったが、声をかけた。彼女はいきなり声をかけられたことに驚いたのか目を丸くしてこちらを見る。がすぐに目線を逸らす。



「質問攻めされてたから」


「…」


「俺、野田一希のだかずき。よろしく」


「…」



少しこちらを見て、また目線を逸らしてから何も言わずに前を向いた。所謂無視である。

感じ悪い。せめてなにか言えよと思うが言えるわけは無いので心にそっと留めておく。


関わりたくないし、やっぱり話すのは必要最低限だけにしようと決めて授業の準備をする。チャイムがなって、教科担任が入ってくる。日直が気怠げに号令をかけて始まった授業は現代文。板書もそこそこにつまらない話を聞き流して、また外に目をやる。


今日も空は青い。クーラーなんてついていない教室は窓が開けられていて、そこから入ってくる暖かい風が体にまとわりつく。


あまりよそ見していて当てられるのは避けたいため前を向く。ふと、隣に視線をやると俯いている彼女が目に入った。そのまま目線を下に移すと、あぁなるほど。教科書がない。言えばいいのに。さっき自分からは関わらないと決めたがこれは流石にしょうがないだろうと静かに机を寄せる。声をかけた時と同じように、目を丸くしてこちらを見る彼女。



「ん、」



教科書の右半分を彼女の机に移動させる。

未だにこちらを見る彼女に、なんだか恥ずかしくなってまた外へ視線を移す。


しばらくしてチャイムがなる。



「じゃあ今日はここまで」


「きりーつ、れーい」



終わりも気怠げな号令に合わせて、周りもゆるく「ありがとうございましたー」なんて言いながら軽く頭を下げる。休み時間、一気に騒がしさが増した。


教科書を片付けて、きっと次の授業も教科書が無いだろうから机はそのまま。

またぼーっと外を見ていると、控えめに肩を叩かれる。振り返ると、俯いている彼女。



「……なに?」



いつまでたっても顔をあげない彼女に声をかける。

目線をゆらゆらとさ迷わせて、意を決したように顔を上げる。勢いよく上げられた顔に少し驚いたが、怯えるような、でもしっかりとこちらを見る目に息を飲んだ。



「っ、___」


「……どういたしまして」



───ありがとう。


確かにそう動いた唇。

声はもちろん出ていなかったが、筆談ではなくしっかりと口で伝えてくれたことがなんだか嬉しかった。

俺が応えると、恥ずかしそうに目を逸らして椅子に座った彼女に思わず笑みがこぼれた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の空は君に歌う 花旗 澪 @n_0325

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ