第3話 告白する副長

 キャプテンは記憶を失っているので体調不良という体で船長室にこもってもらっている。

 今は副長である僕がキャプテン代理として艦橋で指揮を執っている。


「探査機34号との通信が途絶えました」

「場所は?」

「金星です」

「この前は火星、次は金星。何が原因だろう」


 故障なのか、それとも攻撃を受けたのか。

 いずれにせよ問題があることには変わりない。


「副長、交代のお時間です」

「もうそんな時間か。とりあえず探査機の件は技術長に相談してみるよ」


 アルバトロス号は24時間の警戒が必要なため、任務は交代制となっている。

 交代時間を迎えたらあとは自由時間だ。

 僕は艦橋を抜けると船長室へ向けて歩き出した。






 通路に窓から地球を眺める一人の少女がいた。

 航海長のミサキだ。

 僕と同い年で18歳。

 アルバトロス号における幹部の中で一番若い。

 そして、彼女はとても美人だ。

 透き通るような白い肌に、金色の長い髪が目を引く。

 すると突然、彼女の青い瞳が、睨みつけるように僕を捉えた。


「何見てんのよ。殴るわよ」


 性格は最悪だ。


「別に。外を見ようとしたらたまたまキミがいただけだよ」

「ふーん。ま、こんな綺麗な子がいたら目がいってしまうのも仕方ないわね」

「話聞いてた?綺麗な景色を見ようとしたら障害物があっただけ」

「はぁ!?障害物ってアタシのこと?っていうかあんたどこ行くつもりよ」

「どこって、キャプテンのとこ・・・っ!」


 やってしまった。

 この女の前でキャプテンという単語は禁句だ。

 ミサキの目がキラキラと輝きだす。


「私も行くわ。キャプテンのところ」

「だ、だめだよ。キャプテンまだ調子悪いんだから」

「でもあんたは会ってるじゃない」

「そ、それは・・・。」


 言葉に詰まる。

 今記憶喪失のことを言うわけにはいかない。


「と、とにかく僕はいくから!」

「あ、こら!待ちなさいよ!」


 僕は一目散にその場から逃げ出した。






 船長室ではキャプテンも地球をぼんやりと眺めていた。


「いかがですか?何か思い出しましたか?」

「いや、何も」


 船医のベルナルド先生はそのうち記憶が回復するかもしれないと言っていたが、一体いつになるのだろうか。


「この景色や船の中を見ていると懐かしい感じはするんだがな。何もかも思い出せないんだ。ほら、君の名前も」

「あ、そうか。僕の名前はオリバーです。キャプテンはプライベートでオリバーと呼んでいました」

「オリバーか。いい名前だ。オリーブのラテン語で平和の意味がある」

「そういうことは覚えているんですね」

「そうだな。たしかに」

「ほかのメンバーや船のことも話しましょう。記憶が戻るかもしれません」


 僕は簡単に主要メンバーを説明し始めた。

 最初に、眼鏡をかけ、白衣を着て、痩せ気味ながら背が高い、いかにも医師だといった風貌の男性の画像を見せる。


「まずは衛生長である船医のベルナルド先生。彼はもともと大学病院で働いていた一流の医師であり、学者でもありました」

「この間診てもらった先生だな」

「そうです。この船の医療や衛生関連は全て彼の管轄です」


 次に長めの金髪で仏頂面の少女。


「彼女は航海長のミサキです」

「ああ、病室で飛びついてきた子か。綺麗な子だな」

「そうです。彼女はやたらキャプテンが好きで、キャプテンはいつもうまくかわしていたのですが・・・。とにかく今は近づかないでください」

「ほお。オリバーとは仲がよさそうだが」

「別に仲悪くはないですけど、喧嘩なんてしょっちゅうですよ。ほんとに性格ひどいので。でも船の操舵に関しては天才です」


 続いて黒髪のおかっぱで無表情の女性。


「彼女はミア。船務長です。僕は彼女の母親に半分育ててもらったようなものなので、彼女は僕の姉のような存在です」

「この子も美人だな」

「レーダーや通信関連は彼女の担当です」

「なるほど。で、さっきの子とどっちがタイプなんだ?」

「ちょっと!そういうのないですから!」

「怪しい・・・」

「次いきます!」


 男性二人が肩を組んだ画像を見せる。


「左が砲雷長のチョウさん、右が飛行長のツバキさんです」

「二人は仲がいいのか?」

「年も近く、話も合うのかよく一緒にいることが多いですね。それぞれ武装の管理と航空部隊の指揮をしています」


 食堂で女性と男性が向かい合って座っている画像。


「主計長のガルシアさんと技術長のブラウンさんです」

「二人は夫婦なのか?」

「いえ、違います。ブラウンさんは不健康な生活をしているのでガルシアさんがこうやってたまに食事をとらせているんですよ。技術科は技術開発だけでなく地球外生命体の探査も担っていてとても忙しいのです」

「なるほど」

「ここまでで何か思い出しましたか?」

「すまん。何も」

「そうですか…」


 そう簡単には戻らないようだ。

 僕は少し逡巡したのち、口を開いた。


「キャプテン。幹部がもう一人いらっしゃるのですが、彼には直接会って記憶のことも相談させていただきたいと思います」






 キャプテンと向かったのは艦の機関室だった。

 機関室ではエンジンや電力供給系統の管理をしている。

 僕は椅子に座ってモニターを睨み、頭にタオルを巻いた大柄な男性に声をかけた。


「機関長、少しお話したいことがあるのですが、今お時間ありますか?」


 機関長は頷き、ゆっくりと立ち上がった。






「なんだい、話って。お?キャプテン、妙におとなしいじゃねぇか」

「実は話というのはキャプテンのことなんです」


 僕はキャプテンの状況について話した。


「そうだったのか。普段艦内をフラフラと歩き回っているキャプテンが見当たらないんでおかしいとは思っていたが、まさか記憶を失うとは」

「俺、今は船長室に引きこもっています」

「なるほどな。ところでまさか俺のことを忘れたとは言わねぇだろうな?」

「まさかまさか。ラーメン屋の大将ですよね。いつもおいしいラーメンをありがとうございます」

「そんなわけねぇだろ!だが・・・」

「?」

「記憶を失っても、そのお気楽なところは変わってないな」


 機関長は珍しく笑った。


「で、オリバー。この方は?」

「俺は機関長のジョンソンだ。そして元アルバトロス号キャプテンだ」

「!」


 キャプテンが驚いた顔をする。


「驚いたか。まぁ当然だな」

「ラーメン屋の大将じゃないのか!」

「そっちかよ!ってか、それ本気でそう思ってたのかよ!」


 今度は機関長が驚く。


「ところで副長、この件黙っとくつもりか?」

「ベルナルド先生とはそういう話でしたが。機関長はどうお考えですか」

「今のこいつはキャプテンとして仕事をこなせない。仕事に支障があるなら交代も視野に船員に事実を公表すべきだ、と俺は思う」

「交代・・・。」

「俺も体調を崩してキャプテンの座から降りた。統率ができないリーダーのもとでは不信感を抱かれる一方だぞ」


 僕のせいでキャプテンがキャプテンでなくなる。

 それに次のキャプテンはおそらく副長であるこの僕だ。

 こんな僕にキャプテンが務まるだろうか。


「ベルナルド先生の話では記憶は戻るかもしれないとのことでした。もう少し待ってみるのもいいんじゃないかと」

「確かにな。だがせめて幹部だけでもいいからこのことは話しておくべきだ。どうするかは幹部で話し合おう」

「分かりました。ではそのように」


 キャプテンに続いて機関室を出ようとすると、機関長が僕を呼び止めた。


「オリバー」

「はい?」

「…あまり思いつめるなよ」


 僕は頷くとキャプテンを追いかけた。






「面白い人だったな。」


 通路を歩いていると、ふいにキャプテンが僕に話しかけた。


「面白い、ですか。いい人だとは思います。ただ僕にはちょっとおっかないというか」

「そうか。もう見た目がな。ラーメン屋の大将だからな」

「まだ言いますか」


 キャプテンがケタケタと笑っている。

 何がおもしろいのか分からないが、自分でツボに入ったようだ。

 だが、ふと思い出したようにこちらを見た。


「そういえば、1か月前何があったかまだ聞いてなかったな」

「・・・はい」

「教えてくれ。何があったか」


 僕は少し上を向くとゆっくり話し始めた。


「敵を倒すにはまず敵を知らなくてはいけません。僕らはそのために情報を集めてきました。ですが、実際に倒すには共に戦う仲間が必要です」

「『戦士達』は?」

「彼らは武器など持っていません。それらは全て国連軍が指揮しています。」

「さすがに緊急時には対応するだろう」

「徐々に侵略されているから気づきにくいのですが、国連は既に侵略者たちの傀儡です」


 キャプテンは目を丸くした。


「どういうことだ」

「国連どころか各国政府の人間も、やはり金を持っているほど選挙や選考で選ばれて行きます。また、支持団体も金を持っているほど強い権力を持ちます」

「まさか、その金の出どころが・・・」

「ええ。しかも彼らは禁止されているはずの宇宙空間から鉱物資源を地球に持ち込んで儲けていることも多い。国連の輸送艦を使って」

「この間の船か」

「はい。さらにこの間はこんなものが」


 僕はポケットから光り輝く宝石を取り出した。


「おそらくこれも何らかの取引の結果得られたものでしょう」

「なるほど。上の人間は既に押さえられているわけか」


 キャプテンは少し考える。


「だが現場の軍人などは応じてくれる者もいるんじゃないか」

「そうです。それが1か月前に僕らが会った国連軍第四艦隊のはずでした」

「・・・でした、か」

「第四艦隊は海賊や傭兵などの寄せ集め集団で、国連本部からは距離があります」

「なるほど」

「一方で、彼ら自体が統率の取れた集団でないことは明らかです。彼らは信頼できない言って直接会って説明することを求めてきましたが、キャプテンをはじめ多くは当時彼らと直接会うことに反対でした」

「直接会ったのか?」

「はい。僕がそう主張したんです。この機を逃せば戦力増強は叶わないと考えて。それに、国連本部とこの件に関してやり取りしている様子はありませんでした」

「で、俺はなんと?」

「そこまで言うなら、この件については僕に任せると。その結果、見事にやられました」

「俺はその時に?」

「ええ。彼らの目的はキャプテンを討ち取って賞金をもらうこと、あわよくばアルバトロス号を手に入れることでした。あなたは、その場にいた仲間を退避させるために戦っていたときに爆発に巻き込まれて」

「そうか。」

「キャプテンだけじゃない。みんなを危険に巻き込んで。僕は副長でいる資格、ありません」


 二人ともしばらくの間沈黙していた。

 先に口を開いたのはキャプテンだった。


「もともと、俺たちがやってることはダメ元だろう。人類は気づかないうちに権力を奪われ、経済は悪化し、人口は減り続けている。どう考えても詰んでる」

「ですが、僕は!」

「過ぎたことは仕方がない。大事なのは間違ったことを認め、次に活かすことだ。君は自分の過ちを認められただろう。それは大事な次への一歩だ」


そして、僕の方を向いて続けた。


「それに、最終的に決めたのは俺だ。君が自分を責める必要はない」

「でも、僕は、冷静に判断できなかった。このままいったらどうしようかって。僕は臆病で・・・」


 キャプテンは窓を向いて息を吐き、再び話し始めた。


「第四艦隊との話が来たとき、俺は怪しいと思ったよ。それは君も含めて全員感じてた。でもそのとき君は言ったじゃないか。ここで何かを変えなければ何も変わらないって。ハッとしたよ。臆病なのはこの俺だ。俺は宇宙人どもが何か違う動きをしだしたのを感じながら変化を嫌った。心のどこかでリスクを避けたがってたし、いつまでもこんな日常が続いてほしいと思ってた。そんな自分自身に気づかせてくれた君に任せたいと、あの時思ったんだよ」

「そう、ですか・・・」


 僕は多少心が軽くなった感覚を得ながら、どこかおかしな感じがした。

 あれ、キャプテンの今の言葉!


「キャ、キャプテン!」

「ん?どうした?」


 そう言いつつニヤニヤと笑う顔が目の前にあった。


「記憶!戻ったんですか!?」

「なんのことだ?ちょっと前に日本へ行ったとき突然一人でラーメン食べに行って怒られたことなんて覚えてないぞ」


 僕はキャプテンに飛びついた。


「よかった!本当に良かった!」

「心配かけて悪かったな。それに1か月間みんなを引っ張ってくれてありがとう。大変だっただろ」

「大変なんてもんじゃないですよ。僕には荷が重すぎます!」

「そんなことないさ。この船には変わらない日常が今も流れてる。よくやったな。あ!今度余裕があるときにはちゃんと時間とってラーメン食べに行くか!奢るから!」

「ふふっ。本当にラーメン好きですね」


 僕は一気に全身の力が抜けた。ここ1か月はどうにも体も心も休まらなかったのだ。


「にしても、変わらないのは良くもあるが悪くもある。状況は芳しくないな」

「はい。でも船の修復も終わりましたし、キャプテンの記憶も戻った。なんとか元通り、これからです」

「だな」

「では、キャプテンが記憶喪失だという報告は不要ですね」

「それはちょっと待った」


 キャプテンが神妙な顔つきで僕を止めた。


「どうしました?」

「ラーメンより前の記憶が、まだ…ない」


 僕は絶句した。

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