第5話 船を操る航海長

「うっ!」


 吹き飛ばされたわたしたちはしばらく痛みに悶えた。


「大丈夫か!?ミサキ!博士!」

「…なんとか」

「ワシもじゃ」


 わたしたちは立ち上がりながらキャプテンに返事をする。


「しかし、敵はこんなところで装置を作動させるとは。作戦が失敗したとはいえ!ワシの研究所がめちゃくちゃじゃないか!」

「まぁまぁ。命があるだけいいじゃないですか」


 二人が話していると、通信が入った。隠れている輸送機からだ。


「こちらパロット1!そちらへ向かって地上部隊を乗せた輸送ヘリが急速接近中!今からランディングポイントへ向かう」

「了解」


 二人の方へ振り向く。


「敵がこちらへ向かっています!」

「了解。急いで退避しよう。博士!」


 キャプテンが博士のほうを向く。


「一緒に来ますよね?」

「もちろんじゃが…。こんな形でここを離れることになるとは…」

「まぁまぁ。手間が省けてよかったじゃないですか」


 そのとき、上空から複数のエンジン音が響いてきた。

 キャプテンの目つきが変わる。

 最初に会ったときの、あの目だ。

 輸送ヘリが姿を現し、こちらに銃弾を浴びせてくるが、建物が邪魔をして効果はない。

 それを見て、徐々に降下していく。


「ミサキ、博士を頼む」

「キャプテンは?」

「俺は援護する」


 上空の輸送ヘリからワイヤーを伝って、兵士たちが降下してくるのが見えた。

 キャプテンはおもむろに銃を構えると、容赦なく彼らを撃ち落とした。


「行け!」


 わたしと博士は全力で駆け出す。

 背後からは銃声が聞こえる。


「こちらパロット1!ランディングポイントへ降下する」


 通信とともにジェットエンジンの爆音が轟く。

 わたしたちは輸送機へ向かって再び駆け出す。

 輸送機が着陸すると同時にわたしたちは飛び乗った。


「キャプテンは!?」


 振り返るとキャプテンは物陰に飛び込んだところだった。

 次の瞬間、そのあたりが爆発に巻き込まれた。


「そんな…」


 ヘリから爆弾が投下されたのだ。

 続いてこちらに接近してくる。

 あの爆発に巻き込まれたら、こちらも致命的だ。

 そのとき、先ほどの爆煙の中から銃声が聞こえたとともに、ヘリが大爆発を起こして墜落した。

 爆煙の中から現れたのは…。


「キャプテン!」


 こちらへ駆け寄り、急いで輸送機へ乗り込む。


「すまん。待たせた」

「いえ!さすがです!」


 輸送機が高度を上昇させ、研究所から離脱する。

 煙が上がる研究所を、博士が名残惜しそうに見つめる。


「ふぅ。なんとかなったな」


 キャプテンが額の汗を拭いながら呟く。


「いいえ。そうとは限りませんよ」


 わたしは窓の外の機影を見ながら呟く。


「あれは!無人戦闘機か!」


 博士が立ち上がって叫んだ。

 戦闘機からはミサイルが発射される。

 輸送機はフレアを使って回避しつつ、応戦するが…。


「さすがは無人機じゃ。動きが速い上に数が多い。撃ち落としても、撃ち落としてもキリがないわ」


 苦戦していると、パイロットがこちらを向いた。


「後方から敵艦が接近!」


 わたしたちが振り返ると、小型の空中機動戦艦が接近していた。

 アルバトロス号もこの空中機動戦艦のうちのひとつで、巨大な砲門や数多くのミサイルなどを積み込みながら、空中を飛び回ることのできる、まさに無敵の空中要塞だ。

 小型とはいえ、航空機では相手にならない。


「アルバトロス号との通信は!?」

「強力な妨害電波で途絶えています!」

「ダメか!」


 次の瞬間、爆音を上げて急降下していく敵艦が窓から見えた。

 敵艦の背後から現れたのは…。


「アルバトロス号!」


 巨大な艦影がみるみる近づき、艦体側面のハッチが開く。


「ごめん、遅くなった」


 オリバーの声が聞こえた。


「遅いわよ!どこ行ってたのよ!」

「いや、敵がたくさんいてさ…」

「敵って無人機でしょ!」

「違うよ、右見てみなよ」


 そう言われて見てみると、水平線上に10以上の艦影が見える。


「あれって…」

「国連軍第一艦隊だよ。勢ぞろいだ」


 輸送機がアルバトロス号の格納庫へ収まると、わたしとキャプテンは艦橋へ急いだ。






「代わるわ」


 操縦席に座っている男に声をかける。

 だが・・・。


「なんであんたがここにいるのよ!」


 座っていたのはオリバーだった。


「あんた副長じゃない!」

「人手が足りないんだよ!艦橋から二人もいなくなるから!」

「だからって他に人いるでしょ!」

「こんな時に、そう簡単に任せられる仕事じゃないだろ!」


 たしかにこの状況で船の操舵を任せるのは、信頼できる人間でないといけないが…。


「二人とも、喧嘩は後だ」


 キャプテンが告げる。

 わたしたちは役目を交代した。

 操縦席へ座り込む。


「副長、ご苦労」

「はい。後は頼みます」

「とりあえず逃げるぞ。山の谷間に入って攻撃を回避しつつ、川に沿って海へ抜ける。取り舵いっぱい!」

「取り舵いっぱい!」


 艦体を斜めに傾斜させつつ左へ急旋回し、谷間へ向かう。


「3時の方向よりミサイル!」


 右方向から多数のミサイルが飛来する。


「機関最大戦速!このまま逃げ切る!」


 艦体が唸り声を上げ、空気を切り裂きながら谷へ向かって突き進む。


「ミサイル、来ます!」


 ミサイルが当たる直前に、谷へと潜る。

 山に命中したミサイルが爆発する音が響いた。


「回避成功!このまま洋上へ抜けます!」


 山の谷間は左右にのたうち回り、途中には橋が架かっている。

 それらを回避しつつ、最短ルートを巨大な艦体が駆け抜けていく。

 わたしの操縦桿を握る手に力がこもる。


「敵艦の追従なし!逃げ切りました」

「さすがは汚職軍人たち!深追いはしないか。なんとかなったな」


 機関長のジョンソンがガッツポーズをとっている。


「もうすぐ平野へ出ます。洋上まであと少し・・・。これは!?」

「どうした?」

「前方より多数の長距離空対空ミサイル!目視外距離の第二艦隊からの攻撃と推定!」

「総出で撃ち落とす気か!上等だ!面舵いっぱい!」


 艦体を右へ傾斜させ、今度は右へ急旋回する。


「左舷砲撃戦用意!迎え撃て!」


 ミサイルへ向けて迎撃を開始する。


「全弾回避!しかし第二波、来ます!」

「この間に一気に大気圏を離脱。重力制御、最大出力!」


 艦首を上げ、エンジン推力と重力制御システムの力で一気に高度を引き上げる。

 雲を突き破り、夕日に赤く染まる大空をアルバトロス号が駆け上っていく。

 陸地はみるみる小さくなり、周囲は徐々に暗くなっていく。


「大気圏を離脱。敵影なし」

「逃げ切ったか」


 艦橋に安堵の空気が流れる。


「今度こそ大丈夫なようだ。よくやってくれたな、みんな」

「キャプテンこそご無事でなにより」

「ところで、第一、第二艦隊ってなんだっけ?第四艦隊は分かるんだけど…」


 艦橋に微妙な空気が流れる。

 オリバーが口を開いた。


「そうですよね。覚えていないですよね」

「あぁ。そうなんだよ。今も何と戦ってんの?って感じで」


 あははは、とキャプテンは笑っているが、よく分かっていないまま指揮を執っていたと知ったわたしたちは、ちょっと冷や汗をかいている。


「…キャプテン、無理っぽいときは僕を頼ってくださいね」

「おっけ。まぁ今くらいなら余裕だな!」

「そ、そうですか」

「ところでさっきの敵は?」

「第一が精鋭、第二がその次とされていますが、実態は権力者と結びつきが強い軍人ほど第一艦隊へ入ることになっています」

「なるほど。だから戦意も高くないのか」

「そういうことです」

「で、第四は寄せ集め。となると第三は?」


 キャプテンが首を傾げた。


「第三艦隊が最も厄介です。本当に世界のために戦おうと思った志が高い兵士が飛ばされるところです。『正義の味方』ですよ」

「いいやつらじゃないか」

「とんでもない。彼らは自分たちの正義を信じています。いえ、自分たちが正義だと信じている」

「なるほど。つまり俺たちは彼らからすると人類の敵ってわけか」

「そういうことです。それに加えて最も気を付けるべきは、彼らの旗艦です」

「この船より強いのか?」

「国連軍が世界を急速に統治できたのは、ドレッドノート型戦艦の強力な強さ故といわれています。この戦艦は四号艦まで建造されました。強力な武装に革新的な高出力エンジンを搭載したこの船は第一から第三艦隊の旗艦となっているのですが…」

「なら、さっきも同じような戦艦がいたはずだよな」

「第三艦隊を率いているのは正義感が強く、いくつもの戦禍を潜り抜けてきた名将、パーヴェル大佐です。彼の艦隊は旗艦が先頭に立って戦闘に挑みます」

「それは…なんかこわいな」

「実際脅威ですよ。彼は」


 その時、グォンという音とともに艦体が震えた。


「どうした!?」

「突然直上から攻撃!ものすごい速さで降下してくる艦影あり!」


 再び艦体が震える。


「上部装甲に亀裂発生!」

「全力で回避!」


 わたしはできる限りの回避を試みる。


「敵艦を補足!第三艦隊旗艦、ドレッドノート型一号艦ドレッドノートです!」

「これは…」


 キャプテンが頭上に迫る敵艦を見上げる。


「アルバトロス号じゃないか…」


 巨大な艦体に多数の武装を備えたその姿は、わたしたちも幾度となく見てきた姿と瓜二つだった。


「そうです。本艦はもともと予備として係留されていた二号艦ヴァンガードでした。基本的なスペックはほぼ同じ。それに加えて・・・」


 オリバーはそこまで言うと正面を見据えた。


「前方に艦影多数!第三艦隊の主力が集結!」

「…敵は複数の戦艦を従えています」

「…のようだな」


 キャプテンはオリバーの方を見るとこう呟いた。


「…どうしよ」

「限界速度にて大気圏へ再突入し、撤退しましょう。それしか手はない」

「了解。そうしよう」


 アルバトロス号は艦首をわずかに上向けながら、ゆっくりと地球へ沈んでいった。

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